獣医療

急性炎症性関節炎について

 主に仔馬に診られることの多い、感染性関節炎。何故に、Orthopedic Emergencyと(整形外科的緊急事態)よばれるのか。どうして、当院では夕方からでもすぐに緊急に手術を行うのか。抗菌剤投与で経過観察をしないのか。ちょっと難しい内容なので、獣医師向け&仔馬生産をされている牧場向けです。

2018年、胆振獣医師会 馬部会 & 2010年北海道獣医師会 にて発表した内容からの抜粋です。 が、おそらくは最後まで読み切れない方も多いと思いますので、結論から。。。

管理者の方へ :  発熱・跛行・関節液増量 すぐに獣医師に連絡 

獣医師の方へ :  関節洗浄の必要性を考慮して すぐに二次診療施設に連絡 

以上。

それでは、Deepな世界へ。。いらっしゃい

はじめに

 生産地の獣医師にとって、仔馬の感染性関節炎は必ず遭遇する重要な疾患である。治療の開始時期が予後に大きな影響を与えるため、獣医師は迅速かつ的確な判断を求められる。治療開始後、早期に的確な感染コントロールを行うためには 

  1.  宿主の要因
  2.  微生物学的要因
  3.  薬理学的要因

 これらを総合的に判断して治療に臨む必要がある。今回は、過去18年間の回顧調査をもとに、上記の要因を絡めて、現在の治療や今後の診療方針について、紹介させていただく。

診断について

典型的な症状は、発熱・跛行・関節液増量であるが、実際には診断に悩むような症例もしばしば見受けられる。厳密には、関節液中の白血球数や分画だけで‘感染性’と診断することはできない。近年、小動物獣医療の分野においては、免疫介在性関節炎が非常に注目されており、今後の馬獣医療においても何らかの関連性が模索される可能性はあるが、現在のところ馬の免疫介在性関節炎についての報告は多くない。

急性炎症性滑膜炎を発症した関節の関節液から細菌が分離されれば、感染性であると確定診断が可能となる。しかしながら、関節液の細菌培養の結果は常に陽性となるわけではない。海外の報告では、70~85%との高い培養陽性率の報告もあるが、2009年の当院における調査では、2000年から2009年までの10年間の細菌培養陽性率は41.5%(27頭/65頭)であった。

 3週齢未満の当歳馬では、しばしば複数の感染部位が認められる。それ以上の日齢になると、通常は1カ所の関節あるいは1カ所の骨端軟骨に感染を認めることが多くなる。3週齢未満では初発感染巣は滑膜あるいは骨端部に生じるが、それ以上になると骨端軟骨部の骨幹部寄りに生じる。これは、生後7~10日齢まで存在するTransphyseal vesselsにおいて血流が遅くなるため、周囲組織に細菌が固着・浸潤し易いことに起因すると考えられている。そのため、培養率の向上を目的として、骨髄炎を併発している症例に対して感染部位のBiopsyを実施することも推奨されている。

Orthopedic Emergency という考え方

滑膜感染はいつでも(特に仔馬)エマージェンシー。

滑膜感染が生じると、滑膜が充血し血管透過性が亢進する。マクロファージ、フィブリン、インターロイキン(IL-1β/IL-6)、TNF-αなどが、大量に関節内に放出される。Staphylococcus aureusなどの感染因子からも、多くの毒素や酵素放出によって炎症性反応が惹起される。通常であればバリアーとなるはずの滑膜構造や、析出したフィブリン塊は、細菌のコロニー形成の場となり治療を難しくする。更に、関節腔内の圧上昇は滑膜への血液供給に影響を及ぼし、虚血によるさらなる組織障害を引き起こす。感染が持続すると、軟骨の細胞外基質におけるプロテオグリカンの減少が起き、コラーゲンネットワークが損傷を受ける。そのため生体力学的抵抗が弱まり、軟骨のさらなるダメージを誘発する。

 感染軟骨の生体外実験では、48時間以内に細胞外基質中のグリコサミノグリカンの40%以上が失われ、生体実験では感染から2-3週間で有意なコラーゲン低下が生じ、3週間で50%を超えるとの報告もある。臨床例においては、さらに宿主側の免疫低下や感染の重篤度なども加わり、これらの反応が一層早まること可能性がある。

 

当院における2009年の調査でも、発症から手術実施までの経過の長さが、予後を悪化させることが確認されている。以上が、可及的速やかに適切な治療が必要となる根拠である。

治療について

 主たる治療内容は、局所洗浄と抗菌物質投与となる。関節洗浄は、迅速かつ効果的に炎症性メディエーター等の洗い流し、フィブリン除去が可能な手法である。関節鏡を用いることで、より確実な治療が行える。

抗菌薬は広域のスペクトルを持つものが良い。後に細菌が分離同定されたらその薬剤感受性結果に従う。抗菌剤の投与経路は様々で、全身(筋肉・静脈・経口)投与、Regional intravenous limb perfusion、Regional intraosseous limb perfusion、関節内投与、抗菌薬含有骨セメントなどがあげられる。関節腔内に留置したカテーテルから持続的に関節内投与を行う方法もあり、製品として販売されている(Mila International ; Florence, KY, USA)。いずれの方法で投与するにせよ、感染組織の抗菌薬濃度を、目的細菌の最小発育阻止濃度(MIC)を超える濃度に維持する必要がある。

どの薬剤を、どのような方法で投与したときに、関節や周囲軟部組織に浸潤するのか、またどの程度の濃度が維持されるのか。。。。 影響を及ぼす因子が多すぎて、治療の際に必要となる情報は未だ十分ではない。関節内抗菌薬投与は、関節内に高濃度の抗菌薬を投与可能で、一般的な感染細菌に対するMICを最低24時間以上も維持できることが証明されており、臨床的に強く推奨されている方法である。しかしながら、局所的な抗菌薬投与は耐性菌選択濃度域(MSW:Mutant Selection Window)を通過する時間が長くなるため、一部では薬剤耐性菌の発現が危惧されている。現在、馬の感染症に関する細菌の変異株出現阻止濃度(MPC:Mutant Prevention Concentration)に関する報告は極めて少ないが、薬剤耐性に関してもワンヘルスの概念が浸透し始めた昨今、PK/PD(pharmacokinetics-pharmacodynamics)に基づいたこれからの報告が今後の感染症対策(抗菌剤投与方法など)を変える可能性は大いにある。

当院における細菌培養および薬剤感受性試験結果について

 無菌的に採取された関節液は、主に血液培養ボトルにいれて検査センターか家畜保健衛生所に提出した。

調査期間は2000年から2017年。調査対象頭数(感染性関節炎を疑った当歳)235頭のうち、関節液を採取し細菌培養検査を実施した頭数は134頭であった。細菌が分離された症例は45頭(33.6%)で、41頭で薬剤感受性試験が実施された。関節液の採取に先立ち、既に抗菌剤を投与されている症例が多く含まれていたことが、分離率低下の一因ではないかと推察している。

最も多く分離された菌はStreptococcus sp.(15)、続いてE.coli(8) 3番目にStaphyococcus sp.(6)であった。以下、Pseudomonas sp. (3)/ Sphingomonas(2)/ Pasteurella sp. (2)/ Serratia sp(2)、ほか数菌種であった。グラム陽性菌とグラム陰性菌の比率は約1:1であり、年(日)齢・性別・発症からの時間・部位・予後に関連性はみられなかった。また、いわゆる多剤耐性菌といわれる菌種は分離されなかった。

グラム陽性菌、グラム陰性菌それぞれにおいて特徴的な薬剤感受性的な傾向が認められたが、一般的な内容と特に変わりはないように思われた。すなわち、グラム陽性菌では主にβラクタム系抗菌薬が有効であり、グラム陰性菌ではアミノグリコシド系抗菌薬の感受性がおおむね高い傾向にあった。検体の少ないものも含めれば、約40種の抗菌薬に対する感受性試験が行われていたが、各種抗菌薬を詳細に観察すると実際の使用に供する抗菌薬は限られる。感受性が高くても使用できない要因は、生体としての腸内細菌叢への影響、関節への移行の悪さなどがあげられた。以上の結果を踏まえたうえで、現実的に細菌培養及び薬剤感受性試験結果がでるまでの最初の抗菌薬として、セファロチン/セフチオフルにアミカシン/ゲンタマイシンを用いることが適切であると思われた。

当歳における抗菌薬の使用について

 一般に、仔馬の感染症は環境中の病原体に由来するものが多く、グラム陰性菌感染が主体であるとされている。そのため、原因菌のわからない仔馬の感染症治療においては、グラム陰性菌を想定した抗菌剤の使用、すなわちアミノグリコシド系抗菌薬を投与することが多い。しかしながら、仔馬における薬剤の吸収と体内動態は成馬と異なるため、投与量には注意が必要となる。特に2週齢から1カ月齢未満の新生仔馬は、成馬に比して細胞外液の割合が多く、薬剤の分布容積が増大するためアミノグリコシドの投与量を増量する必要があると報告されている。一方で、臨床例においては新生仔馬が脱水することは珍しくなく、アミノグリコシド系抗菌薬使用時の安全性の指標となるトラフの測定が推奨されている。

その他、グラム陽性菌を想定した広域な抗菌スペクトルを必要とする際は、1カ月齢未満であればβラクタム系の抗菌薬を経口で投与することも可能である。例えば、成馬では5~15%の経口的生体内利用率であるアモキシシリンは、1週齢未満では30~50%利用される。しなしながら、全てのβラクタム系抗菌薬に共通する特徴とはいえず、成馬との間に利用率の違いを認めない薬剤もある。すなわち、これらの経口薬の生体内利用についての研究は、現在のところ十分とは言えない。

具体的な投与容量や、投与間隔、投与方法について、臨床的に十分な薬物動態学的証明が得られているわけではないが、情報は蓄積されてきている。しかしながら、腸内細菌フローラの違いに由来するものか、海外での報告や使用経験をそのまま国内に応用する事が危険であることは周知の事実である。初回使用時などには、減量するなどの慎重投与を行い、可能であるならば血中濃度測定を行うことが良いと思われる。

その他、新生仔馬では種々の原因によって総蛋白が減少する可能性が高いため、蛋白結合率の高い抗菌剤(セフチオフル、ドキシサイクリン、ミノサイクリン、エリスロマイシン、クリンダマイシンなど)も、低アルブミン血症・敗血症などの症例に使用する際には特に注意を要する。

キノロン系の抗菌薬に関しては、若齢動物(仔馬を含む)軟骨損傷の報告があり、使用が制限される。

抗菌薬の投与方法について

多くの抗菌薬において、投与方法・投与量・投与間隔の検討などが研究されている。関節内への薬剤移行に関しても多くの報告が認められ、健常とは異なる感染した滑膜構造を実験的に作成した報告など、より臨床に即した内容が多く認められる。しかしながら、当歳を用いた研究はかなり少ない。また、臨床上問題となることの多い関節(遠位及び近位指節間関節)の研究は見当たらない。肩・肘・大腿膝蓋および下腿関節に関する報告も極めて少ない。いずれも、研究に必要なだけの複数回の関節液の採取が困難なことや、手技の煩雑性に起因すると思われる。今ある情報から、実際に臨床現場で行うために役立つ理解を得ることが重要である。

今後の展望

 今回の調査で判明した分離細菌の構成や薬剤感受性の傾向は、全体のわずか19.1%(45頭/235頭)に過ぎない。この事実は、当然ながら全ての感染性関節炎を疑う症例にこの結果が通用するものではないことを示している。実際の使用に際しては、臨床的兆候を細やかに観察することで(馬をよく見る・観る・診る・看る)、その効果判定を行うことも重要である。

 今後は、関節液のグラム染色や、菌種同定を目的とした遺伝子検査(Broad-range)の可能性について検討し、初期治療の薬剤選択に新たな情報を得たいと考えている。

今回も長文最後まで読んでいただけたのかな??(笑) 

MAHALO

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