馬の運動能力を妨げる原因としてよく知られているDDSPってどんな病気?
まずは、一般の方向けの内容です。病態・原因・診断・治療についてご紹介
馬の呼吸
喉は咽頭(いんとう)、喉頭(こうとう)から構成されます。
空気は鼻道⇒咽頭⇒喉頭⇒気管⇒肺へ流れ、 食べ物は口腔⇒咽頭⇒食道⇒胃へと流れます。
つまり、空気も食物も『咽頭』を通ります。
ですが、呼吸器である気管に食べ物が入っては大変です💦肺炎になってしまいます。(誤嚥性肺炎)
そのため、喉頭には、喉頭蓋(こうとうがい)と呼ばれる『ふた』があります。
喉頭蓋は呼吸時に開いていて、嚥下(えんげ:のみこむこと)時には閉じる=喉に蓋をして、食物が気管に入らないようにする働きを持っています。
一方、前のほう(口あるいは鼻)の方をみると、口腔と鼻腔を隔てる壁があります。軟口蓋といいます。
軟口蓋は、口腔と鼻腔を仕切っている硬口蓋の延長線上にあるものです。舌を口の中の天井に近づけると、硬い口蓋を感じることができます。 次に舌をさらに奥に動かすと、口の中の屋根がやわらかくなります。 この屋根の柔らかい部分を軟口蓋といいます。
人と馬の喉の図を比べてみると、軟口蓋と喉頭蓋の位置関係が全く違います。人では、この二つが離れているのに対し、馬では、喉頭蓋が軟口蓋の上にあります。馬が運動すると、軟口蓋が下がり、気道が開いて肺への空気の流れが良くなります。 喉頭蓋は軟口蓋の上にしっかりと乗っており、口腔と鼻腔の密閉性を保ち、馬は完全に鼻で呼吸するようになっているのです。
軟口蓋背方変位(DDSP)とは
DDSPとは Dorsal Displacement of Soft Palate の 略です。
(Dorsal=背方、Displacement=変位、Soft Palate=軟口蓋)
正常であれば、軟口蓋の上に喉頭蓋があるはずが、軟口蓋が喉頭蓋の上に位置してしまいます。
DDSPには運動時のみ変位する Intermittent型 と 常に変位している Permanent型 がありますが、Permanent型は多くありません。 一般的に運動中に『ゴロゴロ』っと音が鳴って問題になり内視鏡検査をするのはIntermittent型がほとんどです。
DDSPの多くは動的な疾患であるため、ほとんどの馬は臨床検査や安静時内視鏡検査では正常にみえます。安静時内視鏡検査で発生したDDSPと運動時の発生との相関は低いことがよく報告されています。しかし、安静時内視鏡検査を実施することは、静的な上気道の異常を除外するためも大切な検査になります(後述)
このDDSPですが、内視鏡の刺激などによって、一時的にみられることも珍しくありません。
この位置関係が、運動中はどうなるのでしょうか?DDSPでは、運動中に軟口蓋が呼吸周期にあわせて背側および腹側に大きく波打ちます。吸気時には、軟口蓋は腹側に(喉頭蓋の背側ではあるが)、呼気時には背側に変位して、咽頭内の空気の流れを阻害します。
DDSPになった馬では、競走馬レベルの運動では異常呼吸音を認めますが、スポーツホースレベルの運動であれば、音が鳴ることはあまりありません。運動中に『よく嚥下する・よく咳き込む』などの症状をみせることが分かっています。DDSPの状態では、軟口蓋が気管(喉頭)の開口部を塞いでしまい、馬が吸い込む空気の量が少なくなってしまいます。DDSPは、特に激しい運動時に断続的に発生することが多く、パフォーマンス低下の原因となることがあります。
DDSPの原因
DDSPの原因は完全には解明されていません。咽頭は、骨の支えのない構造で、呼吸に伴う鼻咽頭内の気圧の変化には筋肉が対抗しています。上気道虚脱の多くは上気道の筋力低下によって起こり、その結果、運動に伴う高い気流と気道圧で形(ひろがり)を維持できなくなると言われています。研究により、機能不全がDDSPにつながる可能性のある筋肉や神経がいくつか特定されていますが、鼻咽頭開存の維持は非常に複雑であり、臨床の現場では、複数の筋肉が関与している可能性があります。
あまり一般的ではありませんが、軟口蓋や喉頭蓋の構造的問題(嚢胞、腫瘤、喉頭蓋軟骨の変形など)により、馬が安静にしていても軟口蓋が変位することもあります。さらに、神経疾患や嚥下および気道機能を制御する神経を損傷する疾患も、DDSPの原因となることもあります。
以下は代表的なDDSP再現方法(病態解明の手掛かり?)
Effect of bilateral blockade of the pharyngeal branch of the vagus nerve on soft palate function in horses. 1998
迷走神経咽頭枝が喉嚢を通過する際に両側から局所麻酔をかけると、5頭中5頭に持続的なDDSPが生じた。迷走神経咽頭枝は、口蓋筋(Palatinus m.) と 口蓋咽頭筋(Palatopharyngeus m.)を支配している。臨床例では、この神経が後咽頭リンパ節腫脹、炎症および感染などによって損傷を受けやすい可能性が示唆された。
Investigations into the role of the thyrohyoid muscles in the pathogenesis of dorsal displacement of the soft palate in horses 2003
N G Ducharme 1, R P Hackett, J B Woodie, N Dykes, H N Erb, L M Mitchell, et.al
甲状舌骨筋の両側切断により、10頭中7頭に間欠性DDSPが発生することが示された。甲状舌骨筋は舌骨装置と喉頭の甲状軟骨の間を走っており,この筋の収縮により喉頭が上昇し,吻側へ移動する.甲状舌骨筋の働きを模倣した方法(糸で結ぶ方法)で治療することで、6頭中5頭のDDSPが解消され、これが現在のタイフォワード法の基礎となっている。(後述)
Role of the hypoglossal nerve in equine nasopharyngeal stability 2009
Jonathan Cheetham 1, John H Pigott, John W Hermanson, Luis Campoy, Leo V Soderholm, Lisa M Thorson, Norm G Ducharme
遠位舌下神経の神経ブロックで、10/19でDDSPを引き起こすことが示されている。この神経ブロックによって、舌骨は尾側へ後退させ、オトガイ舌筋(genioglossus muscle)の突出を妨げることによってDDSPを誘発する可能性が提案された。オトガイ舌筋は舌の固有筋の中で最も大きく、他の種ではその活動が咽頭気道の大きさと相関していることが示されている。DDSPの臨床例において、甲状舌骨筋や舌下神経の機能障害がどのように、またどのように起こるかは不明。
治療(非外科的;内科/馬具)
これまでに多くの治療報告がありますが、治療結果の評価方法が難しいため、比較が容易ではありません。
2歳以下の若齢馬では、上部気道の炎症(咽頭炎など)が起きることが珍しくありません。咽頭炎は、軟口蓋を安定させる神経やその支配下筋肉に影響を及ぼし、DDSPを発症しやすくします。このことは、さきに紹介した実験の例からも推察されます。
ですから、若齢馬(2歳)および上気道感染症が認められる馬のDDSPに対する最も有効な治療法は、安静と抗炎症療法といえます。
細菌性上気道炎と診断された場合、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)とともに全身性抗生物質を投与することがあります。上気道の炎症は、吸入療法や、咽喉頭部に対する局所スプレー、インターフェロンの全身投与、喉嚢洗浄など多数の異なる方法で治療されています。
細菌感染を伴わない中等度から重度の鼻咽頭炎に対する適切な治療法は、まずプレドニゾロンやデキサメタゾンなどの全身性コルチコステロイドと局所用抗炎症喉スプレーによる治療を2週間から4週間行います。一般的な喉スプレーは、グリセリン 250mL、DMSO 90% 250mL、プレドニゾロン 50mL(25mg/mL) を 1日2回、10Frのカテーテルを鼻道から差し込んでスプレーします。馬は10日から30日間安静にし(速いスピードのではない軽い調教)、上気道機能を定期的に再評価します。
上部気道炎に関しては、DDSPとの関連性を強く示唆する報告もあるため、多くの獣医師が注意していると思われます。ですが、下部気道(気管・気管支)の炎症もDDSPと関連があることがわかってきました。
Asthmatic Disease as an Underlying Cause of Dorsal Displacement of the Soft Palate in Horses 2021
KingaJoóabÁgnesPovázsaicZsófiaNyerges-BohákbdOttóSzencibOrsolyaKutasibe
・軽度の喘息を有する馬の65%に安静時にDDSPが認められた。
・重度の喘息を有する馬では79%で安静時にDDSPが認められ、運動中は全例でDDSPを認めた。
馬の喘息に関する研究も近年進んでいます。(後日の記事にします。)
厩舎や馬房の衛生管理(ほこり)などが下部気道の炎症を助長する可能性もありますので、環境にも配慮が必要といえます。
DDSPを予防するための馬具や方法もあります。
これらは、主に舌の動きを抑えることで喉頭蓋が軟口蓋から尾側方向へ動くのを抑えようとすることを目的としています。解剖学的には、舌の前方と下方向への動きは、角舌骨と茎状舌骨の関節が伸びて鼻咽頭が拡大し、咽頭の背腹直径が大きくなることも作用機序に貢献しているのかもしれません。
治療(外科)
Palatoplasty ;
軟口蓋の張力または硬さを増加させることを目的としたいくつかの外科的治療法があります。これらの方法は、口蓋筋組織の筋力にアプローチするのではなく、侵襲を加えることで線維化を誘導して軟口蓋の柔軟性を低下させることを目的としています。その結果生じる硬化は、軟口蓋の尾側縁の強度を高め、激しい運動中に鼻咽腔内で起こる大きな圧力変化に抵抗できるようになると考えられています。
Laryngeal tie-forward / sternothyroid tenectomy and myectomy
甲状軟骨と底舌骨の間を糸で縛ります。もともとの甲状舌骨筋の働きを再現する目的です。これによって、安静時に底舌骨を背側と尾側に動かし、喉頭を背側と吻側へ動く方向に力を加えます。時折、声帯虚脱、舌骨骨折、インプラント感染などの合併症の症例報告もありますが、一般的には合併症はほとんどありません。
当院では、LTFと同時に甲状軟骨を尾側に位置させる力をもつ胸骨甲状筋の両側筋腱切除を併用します。
などが、現在最も行われている手術ですが、2歳春を超えるくらいになると喉の構造が成熟し、DDSPが解決されることも多いので、特別に急ぐ理由もないのであれば、成熟をするまで内科療法や馬具による矯正を行いながら、治ることを待つのも一つの選択肢といえます。
今回も長くなったので、今日はここまで 。。。 またDDSPについてはFor Vet記事も書く予定??です。
Mahalo