
馬にも虫歯がありますが、人と馬の歯の構造は大きく違うため、虫歯になる過程も違います。
馬の虫歯はおおきく2つのタイプに分かれます。
咬合面(かみ合わせの面)の虫歯と歯肉縁(歯の横側)の虫歯です。
この二つは虫歯になる原因が違います。
今回は咬合面の虫歯について
1.正常な構造
馬の上顎の歯は 切歯・犬歯・前臼歯・後臼歯に分かれます。
口の奥にある大きな歯『前臼歯』と『後臼歯』は、左右で6本ずつあります。
咬合面の虫歯は、上の奥歯(上顎臼歯:じょうがくきゅうし)に起こります。
馬の上顎臼歯は特徴的な構造をしていて、みるだけで下の歯か上の歯かわかります。

人の歯は、①エナメル質 ②象牙質 ③セメント質 でできています。
歯全体は、一番硬いエナメル質で覆われ、その中に象牙質の層があって、さらに内側に歯髄があります。歯髄には神経が通っています。
虫歯が侵食して、歯髄まで達すると神経を刺激するので、激しい痛みを感じてしまいます。
歯肉で隠れて見えない部分である歯根部の最外層にはセメント質があります。
馬の上顎臼歯も①エナメル質②象牙質③セメント質 でできていますが、その構造が全く異なります。

歯の外側は③セメント層で覆われ、歯の中にエナメル質でできたポケット状の構造が2つあります。

この構造をインファンディブラムInfundibulum(漏斗)と呼びます。この漏斗状の構造の中にはセメント質が充満しています。神経があるわけではありません。
Infundibulumを形成しているエナメル層をInfundibular Enamel、その内側を充填するセメント層をInfundibular Cementと呼びます。
2.虫歯になる前の問題
馬の上顎臼歯の咬合面の虫歯にはこのInfundibulumが大きく関係しています。
馬の臼歯は、前臼歯だけ生え変わり、後臼歯は永久歯しかありません。
歯が形成される際に、このInfundibulumの中のセメント層の形成不全が起こることがあります。
これを Infundibular Hypoplasia(漏斗形成不全) といいます。
形成不全とは、作られる過程で問題が生じていることを表しています。つまり、この部位の構造に問題が起きるのは先天性の疾患と言えます。
下の図は、臼歯の断面です。わかりやすい断面で切っているので、2つある漏斗構造のうち1つが見えるように切ってあります。形成不全にはタイプがあります。

A:正常:Infundibulumはセメント質で充填されています
B:セメント質で埋められるはずの漏斗の最深部(Apical)にセメント質がなく、軟部組織で埋められています(白矢印部)。
C:漏斗構造は最深部が広がり、咬合面まで食渣(食べ物)が詰まっています。セメント層側からの虫歯が、エナメル層まで侵食しています。
D:咬合面にわずかなセメント質の欠損がある。深層には線上に多孔性のセメント質が薄茶色に広範にみえます。
Infundibular の病変で抜歯した歯のCT画像

これまでの調査で、第1後臼歯(109/209)での発生が多いことがわかっています。
歯が成長する際の血液供給は、歯根側からでなく歯肉側から陥入する血管が担っています。
何らかの理由で、乳歯が早々に抜けたり、無理矢理に抜いた際には血管が損傷する可能性があります。
その血管は、近心側(口の前側)に近い血管と尾側の血管の2本が存在し、近心の方が先に退縮するため、1本の歯に2つあるInfundibulumの近心の方が損傷を受けやすいこともわかっています。
3.虫歯になる過程
馬の歯は生涯伸び続けます。
伸び続けても、上の歯と下の歯で常に食べ物を咀嚼するので、歯は徐々にすり減るため、ある程度の長さを維持することができます。
深いところにあったはずのInfundibulum Hypoplasia(漏斗部のセメント質の欠損)は、徐々に口腔内へ近づき、摩耗されることで口腔内へ開口します。
つまり、歯の咬合面に深い穴ができることになります。
そうすると、その穴に草などの食渣が詰まり、細菌が繁殖し、食渣が腐敗し、周囲のエナメル質や、さらにその外の象牙質まで腐敗してしまうことがあります。
これが馬の歯の咬合面にみられる虫歯の原因です。
でも、漏斗部には神経がありません。なので、痛みは強くないはずです。何が問題なのでしょう。

これは、歯を内視鏡で観察した際に、Infundibulumに発生した虫歯をグレードわけした写真です。
Grade0:
虫歯に見える場所はないが、若干のセメント質の形成不全があるかもしれない
Grede1:
虫歯はセメント質に限局している。1.1と1.2の違いは、1.1はセメント質内で限局しているが、1.2は広範あるいは全体に及んでいる。
Grade2:
セメント質だけでなく、周囲のエナメル質まで侵食されている。
Grede3:
さらに外周まで侵食する。すなわちセメント質・エナメル質・象牙質が罹患する。
Grade4:
さらに進行し、歯全体の健全性が失われる。(歯の破折、歯根端/歯内感染など)。
4.症状など
神経まで感染が広がる、あるいは歯が折れる(Gred4)などが起きない限り、明らかな症状はないかもしれません。
顎の動きがおかしい、食欲が落ちた、噛み返し、口が臭いなどの症状を見つけたら、一度しっかりと歯の検査をお勧めします。馬の歯の根元は副鼻腔と非常に近い位置にあります。『若干臭い緑色の鼻水がたまに出る』なんて症状の虫歯の馬もいました。
上の写真のように、歯の詳細な検査は内視鏡を使わないとよくわからないことも多くあります。ぜひ担当の獣医師に相談してみてください。
Mahalo