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馬代謝性症候群(EMS)

 みなさんの身の回りに、餌をやってないのに太りやすい馬、いわゆる飼いやすい馬いませんか? 馬のメタボリックシンドロームは、そのような馬に発症しやすい疾患です。

代謝性症候群:馬メタボリックシンドローム(EMS)とは

 不適切な血中インスリン濃度に加えて、太りやすい(脂肪沈着の増加)体質体重減少能力の低下を伴う疾患です。

ポニー、アンダルシアン、サドルブレッド、パソ・フィーノ、モルガン、ミニチュアホース、アラブ、ムスタング、など遺伝性に発症しやすい種類がわかっています。

ムスタングやポニーなどの種類は、厳しい環境で生き延びるために遺伝子が変化してきたといえる品種で、食料不足でもエネルギーを十分に蓄えられるように、炭水化物の利用効率が非常に高いと言われています。このような品種が、炭水化物を大量に摂取できる環境におかれ、さらに運動量を減らしてしまうと、発症の引き金となってしまいます。

EMSに罹患した馬の多くは肥満傾向にあり、ボディコンディションスコア(BCS)が上昇(BCSは9段階中6段階以上)することに加えて、頸部、肋骨、尾頭部に局所的に脂肪がつきやすくなります。

太りやすい以外の症状は?

 

一番の問題は、蹄葉炎発症リスクが上昇することです。

遺伝的要因だけでなく、そのような馬に環境要因(飼養環境など)が相互作用した結果として、蹄葉炎の閾値が低下して、蹄葉炎を発症しやすくなります。

 一方で、インスリンの分泌異常は痩せた動物でも起こる可能性があり、BCSが上昇したすべての馬がEMSを発症しているわけではありません。

診断は?

 馬のメタボリックシンドロームを診断するには、まず平常時のインスリン濃度測定をします。検査前の4時間以上は穀物を与えないようにします(草だけにする)。インスリンの異常調節状態は、EMS診断の絶対条件ですので、基本的には<20μU/mLだと陰性、20-50だと擬陽性、50以上であればインスリン異常調節状態だと判断します。

残念なことに、安静時の血中インスリン濃度測定は病態把握の感度がそれほど高くありません。20 μU/mL 未満で陰性だったとしても、動的試験(Dynamic insulin tests)と呼ばれる経口糖質検査(OST)やインスリン耐性検査(ITT)などのテストをすることが望ましいでしょう。

経口糖質検査 OST(Oral Sugar test) : 0.15ml/Kgのコーンシロップを飲ませ、その60と90分後にインスリンとグルコース濃度を測定します。インスリン濃度が 45μU/mL以上 であれば陽性です。最初に行う安静時血中インスリン濃度が正常な馬でも、OSTで著しく高い値を示すこともあります。

インスリン耐性検査 ITT(Insulin Tolerance Test) : 組織がグルコースを取り込む能力(すなわち、インスリン感受性)を測定する方法です。0.1IU/Kgレギュラーインスリン投与してから30分後に採血します。投与前のグルコース濃度の50%以下まで血糖値が低下しない場合、インスリン抵抗性であると判断します。 30分後の採血が終わり次第、低血糖を予防するために少量の穀物あるいはデキストロースの頚静脈内投与を行うのが良いでしょう。

OSTやITTなどのような動的試験に対して、蹄葉炎を誘発するのではないかと心配される方もいるかもしれません。ですが、一般的には、これらによる血糖値の変化などは一時的であり、蹄葉炎発祥の要因になる可能性は低いと言われています。

脳下垂体中葉機能障害(PPID)の検査である 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)濃度などは、単純なEMSの馬では正常となります。もし、検査結果が陽性の場合は、EMSとPPIDの両方に罹患していることを意味します。PPIDは、以前にEMSに罹患した馬のインスリン抵抗性を悪化させると考えられているため、PPIDの検出は重要です。

血糖値:糖尿病は馬においても稀に見受けられますが、EMSやPPIDに罹患した馬ではさらに高い確率で見受けられます。

EMSの馬の管理について

管理に重要な3本柱は

  1. 非構造的炭水化物(NSC)の制限
  2. 総摂取カロリーの制限
  3. 放牧制限

以上の食餌管理になります。蹄葉炎のリスクのある馬は難しいですが、体調と健康状態に応じて運動量を増やすことも大切です。

非構造性炭水化物(NSC)とは?

濃厚飼料に代表される穀物には、デンプンや糖といった炭水化物が多く含まれます。

一方で、牧草には、構造性炭水化物や非構造性炭水化物(NSC)と呼ばれる炭水化物が多く含まれています。構造性炭水化物は、植物の細胞を構成する炭水化物でリグニン・セルロース・ヘミセルロースなどが含まれます。NSCとは、水溶性炭水化物(WSC:エタノール可溶性炭水化物とフラクタン)とデンプンに分類される炭水化物で、体内で非常に吸収されやすいため、摂取後の馬の体内で血糖値を急上昇させ、インスリン濃度上昇を招きます。

馬の腸内細菌叢は、もともと構造性炭水化物を消化しやすいような構成になっています。NSCは微生物によって発酵・分解される成分で、小腸ではそれほど消化されず、未消化の分が大腸へ運ばれます。大腸内でNSCが大量に消化されることで、大腸内の微生物環境が変化して、死滅した微生物由来毒素が蹄葉炎発症に寄与していると考えられています。

飼料分析により、飼料のNSC含有量を調べることができます。多くの企業が乾草のサンプルを分析してくれます。EMSを発症している馬では、乾草に含まれるNSCの割合が10%未満であることが理想的です。

 アルファルファは “悪く “、イネ科牧草は “良い “炭水化物があるという誤認識がありますが、必ずしもそうではありません。 乾草に含まれるNSCの量にはばらつきがあるため、EMSを持つ馬にとって飼料分析は非常に重要です。

管理・予防的な給餌方法として、水溶性炭水化物の濃度を下げるために乾草を水に浸す方法があります。(実際に減少する量は変動するため、これは低NSC飼料を作るための安定的かつ信頼できる方法ではありません。)30~60分間、水につけた後の乾草を与えることで、一定程度のNSCを減らすことができます。

馬が太りすぎている場合は、適切な速度で体重が減少するように、獣医師と食事計画を検討する必要があります(一般的には、ゆっくりとした体重減少の方が良い)。最初は、1日あたり理想的な体重の1.5%の飼料を与えるべきです。これは必要に応じて30日後に1.25%まで下げることができます。急激に給餌制限を行うと、血中の脂質濃度が上昇し、肝臓に負担がかかったり、インスリン抵抗性をさらに悪化させる可能性があるのでお勧めできません。

体重計のないクラブも多いでしょう。体重テープを利用するのも効果があります。首の太さの直径などを長期的にモニターすることができます。減量の効果が目に見えることは、管理している方のモチベーションにもつながりますので、継続することが大切です。

運動量の増加と食生活の改善が体重の減少に十分でない場合は、内科的治療(サイロキシンやメトホルミン)を使用することもあります。

 一方、EMSで痩せた馬は、粗飼料、脂肪、そして場合によってはタンパク質を補給してカロリーを増やすべきかもしれません。糖蜜を含まないビートパルプ、植物油、低炭水化物、中程度のタンパク質、高脂肪のサプリメントを、望ましいBCSに達するまで使用することができます。

また、ミネラルは水溶性炭水化物と一緒に水に溶け出してしまうため、乾草を浸したものを与えている動物には、ミネラルサプリメントを与えるのが良いでしょう。乾草を主食としている馬は、毎日飼料バランサー(マルチビタミンとして機能するペレット状の飼料)を与えるのが良いでしょう。

シナモン、クロム、マグネシウムなどは、インスリン感受性を高めると言われますが、実験的に明確に証明はされていません。ただ海外においては、Wiser Concepts:Insulin Wiseなどの商品が、インスリンの血中濃度減少とインスリン感受性向上を促す効果を期待して使われているようです。

EMSの予後は?

EMSに罹患した馬の予後は、馬によって異なります。多くの馬は、食事と運動による管理によく反応します。適切な治療によって臨床症状を軽減することはできますが、EMSを「治療」することはできません。長期的なケアには、獣医師のサポートと指導を受けながら熱心に取り組むことが必要です。蹄葉炎を発症しないように気を付けるべきです。

予防法は?

 体重を正常に保つこと、特にリスクの高い品種では注意が必要です。これらの馬は、より効率的にカロリーを消費することができるため、恣意的な給餌をおこなわず、理想的なBCSを維持するために適切な給餌を行うことが重要です。NSCの含有量は、春先や、午前中に日光を沢山浴びて光合成した放牧地の午後の草で上昇することがわかっていますので、午前中に放牧するなどの工夫が良いかもしれません。水分の多い時期に馬を放牧する場合は、特に注意が必要です。サイレージなどは、一般に乾草よりもNSCの含有量が低い傾向にありますので、管理に使えるかもしれません。