管理

手術が必要でないかもしれない疝痛            ~ Nephrosplenic Entrapment~

アンケートのご参加ありがとうございます‼

答えは、3番の 疝痛の治療 でした。 ご存じのように疝痛にはたくさんの原因があります。

この治療法は、腎脾間膜エントラップメント(Nephrosplenic Entrapment)という病態が原因となる疝痛の治療法です。この疾患は、診断が簡単ではありませんが、診断できればこのような治療で治せることもあります。内科的治療法に効果がなかった場合は、外科手術(開腹手術)が必要となります。

症状

 疝痛になったとき、バナミンや曳き運動だけで治ることは良くあります。その多くは、結腸の風気疝(いわゆるガスっ腹)、小腸の機能的イレウス(動きが悪くなる)、結腸の軽い変位、胃潰瘍などなのかもしれません。

かもしれません? だって、誰もそんな状態でMRIや開腹手術なんてしないから、どんな原因で痛いのか誰も答え合わせできていません。 だから、本当のところは誰もわかりません。

表題の Nephrosplenic Entrapment (腎-脾間膜エントラップメント)は、ちょっとそれに近いかも。

10年以上前のデータで申し訳ないのですが、社台ホースクリニックに来院したNSEと診断した馬70頭の、来院時の症状は、

驚かれるかもしれませんが

疝痛症状が なし / ごく軽度 / 軽度

の馬が、全体の75%以上を占めています。

痛くないのに疝痛??? と思われるかもしれませんが、バナミンを打つと痛みが引く程度の馬が多い病気です。 

経過としては、『バナミンを打てば治まる程度の軽い疝痛を繰り返す』という症状を24時間以上経過して、精密検査を依頼されることが多い疾患です。

ですが、激しい疝痛症状を呈する馬も稀にいます。

腎-脾間膜の解剖学的構造

 馬の腎臓は、人とおなじで左右に一対あります。右の腎臓は ハート型 、 左の腎臓は 豆型 の形をしています。右の腎臓は、左よりも前(頭より)に位置するため、直腸検査で人の手が届くことはほとんどありません。(手の長ーい獣医さんなら届くのかな… 私は異常な右腎に届いたことが1度だけ)

 馬の脾臓(ひぞう)は、体の左側にある臓器で、比較的薄っぺらい構造をしています。リンパ球の生成、古くなった赤血球の破壊、鉄代謝などをおこなっています。

腎-脾間膜は、その左腎と脾臓の間にある膜です。 

腎脾間膜エントラップメント

 エントラップメント(Entrapment)とは、日本語で’捕捉(ほそく)’と訳されます。

発生頻度は疝痛のうちの2.5-9%と言われていますが、これも答え合わせ出来ているわけではないので…正しいのかどうか。。。

The GLASS HORSEより

左から見た 模式図です。

紫色が 脾臓 その上に乗っかってるのが結腸です。 

当然、通常はこんな位置に結腸はありません。

正常では、結腸は脾臓の内側にありますし、もっと下の方にあります。

原因は明らかではありません。 諸説ありますが 

  • 結腸内のガスが増えることで結腸が背側(せなかがわ)へ上がってしまう。
  • 胃に引っ張られて、脾臓が下(腹側)に下がってしまうことで、結腸が上に上がってくる。           (胃と脾臓は 胃-脾間膜という膜でつながっているため)

 などと言われています。 

診断

診断がちゃんとできないと、この治療ができませんね。 ですが、この疾患の診断は簡単なようで難しいのです。 診断方法は 腹部エコー検査 と 直腸検査 によって行われます。

エコー検査では、左の膁部(けんぶ)から左の腎臓がみえるかどうかを検査します。

NSEで、ここに結腸が挟まっていると、 結腸内のガスがあるために左腎をみることができなくなります。

(エコーは 空気(ガス)を通さないので、ガス構造よりも深い位置にあるものを見ることができないのです)

腎臓が見えない代わりに、結腸に分布する結腸動脈が、脾臓の内側にみえることもあります

正常なエコー画像
NSE時のエコー画像

典型的なNSEでのエコー所見はこの通りなのですが…. 実は

これら4頭の検査では、

腎臓がかろうじてみえていますが、 すべて開腹手術にてNSEであったことを確認した馬たちのエコー画像です。

これにはちょっとカラクリがあります。

左腎がみえなーい  と 思って

頑張ってなんとか探した結果

みつけたけれど 正常な位置よりも低い場所で見えることがあります。

腸管内容にもよるので、みえることがあったり、みえないことがあったり。。。 

エコーを当てる場所にも注意が必要です。

ですから、エコー検査も大切ですが、直腸検査が最も大切な検査となります。

(エコーは通常の位置で、正常に腎臓が見えたときにのみNSEを除外できる)

  NSE馬の腹腔内イメージ     馬の内科学 Q & Aより
正常馬の直著検査イメージ  The GLASS HORSEより

馬の後ろ側からみたイメージ図です。

左腎と脾臓の間にある 腎脾間膜の上に、 結腸が乗っかってるのがよくわかりますね。

直腸検査も簡単ではありません。十分に経験のある獣医師が2人揃って、NSEと診断したけれど違ったこともありました。

直腸検査のポイントは、

  1. ブチルスコポラミン(ブスコバン)を静脈投与した数分後に直腸検査を行う。(かなり奥なので、操作性をあげておかないと、直腸裂創を起こす危険性があります。慣れない方は、絶対に使った方が良いでしょう)
  2. 大動脈を触る → 左腎の下側を触る → 外側に手を動かして 腎脾間膜 が触れるかどうか → 脾臓を触る
  3. NSE罹患馬では、左腎からつながって、腎脾間膜や脾臓が触れない。そして、その位置に大きな腸管と思われるものが占拠している(結腸)
  4. 挟まっている?と疑われる結腸を手でなぞる。 腎脾間膜にひっかかる結腸の長さは症例によって様々です。消化管内容が少なくて、腸ヒモを触れることもあれば、便秘した内容がドカン と触ることもあります。

治療

  1. 絶食
  2. 塩酸フェニレフリンの静脈内投与 ; 脾臓を収縮させる
  3. ロンジング ; 並歩 ~ 速歩 程度
  4. ローリング
  5. 開腹手術

絶食でかなりの馬が治る、との報告もありますが 

そもそもNSEの診断が正しいのかどうか / 調査対象にサラブレッドが少ない

などの理由で、個人的には…. 懐疑的です。 

非外科的治療の結果です。

(2008年調査です。古くてごめんなさい)

非外科的治療は、20例中8例で整復に成功し、成功率は40%でした。

数字は例数を示します。非外科的に整復できなかった症例は、開腹手術に移行しました。

緑色の()内の数字は繁殖牝馬の例数ですが、成功した8例中5例は繁殖牝馬で、繁殖牝馬に限れば、その整復成功率は71.4%でした。さらにそのうちの4頭は分娩後5日以内に発症した症例でした。

分娩後でおなかが大きくなっているので、脾臓や結腸の動けるスペースが大きかったのだと思います。

右側を下にして傾けることで、脾臓が内側に入り込むので結腸が整復されやすくなります。さらに、後肢を吊り上げることで、結腸が前(頭側)にずれて抜けやすくなります。

この調査後も、数例のローリング治療を行い、整復に成功しています。ただ、サラブレッドは腹囲が小さい(おなかがキュってなってる)ので、治りにくいかな。と思います。

挟まった結腸に、消化管内容がぎっしり詰まっているときは、ローリングは無理だと思うのでやりません。

開腹手術での成功率は95%以上です。慣れた外科医であれば1時間かからないかもしれません。

1歳の時にこの手術を実施して、競走馬になってG1レースを勝った馬もいます。

さいごに

管理者・オーナーさんへ

 繰り返す軽度の疝痛をあまくみてはいけません。NSEだけではありませんが、潜在的な疾患が隠れていることはよくあることです。バナミンうって良くなったりを繰り返す馬は、必ず獣医師に診てもらいましょう。状態が悪化してからでは、治るものも治りません。

 今は、オンラインが発達しております。Zoomでもエコー画像を共有して検査ができますので、必要であれば担当の先生にお願いしてみてはどうでしょうか? ネットワークを利用しましょう‼

獣医さんへ

 兎にも角にも 診断 がとても大切です。 ブスコバンを使って、丁寧に・慎重に・時間をかけてもいいので直腸検査を行いましょう。