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馬の痛みについて

 再来週に行われます 胆振獣医師会 産業動物(馬)講習会。

今年のテーマは、【馬の運動器疾患】です。

胆振獣医師会馬部会による産業動物(馬)講習会

私も『運動器疾患における疼痛管理』について、お話しします。

痛みとは?

 講習会では、馬に使う『痛み止め』についてお話しする予定です。

馬の『痛み止め』としてもっとも有名なのは バナミン(薬品名:フルニキシンメグルミン)ではないでしょうか。バナミンは 非ステロイド系抗炎症剤 の一つで、 ヒトの市販薬 ロキソニンS、バファリン、ナロンエースなどの仲間です。

 国際疼痛学会によると、『痛み』の定義は

実際に何らかの組織損傷が起こった時、あるいは組織損傷が起こりそうなとき、あるいはそのような損傷の際に表現されるような、不快な感覚体験および情動体験

とされています。すなわち、痛みとは主観的で個人的なものといえます。

みなさんも経験ありませんか? 慢性的な痛みがあると、精神的に不安定になったり、怒りやすくなったり、心身が疲れやすくなります。また、生理学的にも血圧や心拍が上昇するなどの反応がでることもあります。

ヒトであれば、『ここが痛い!』『3日前から痛い!』『捻ったときから痛い!』『動かすと痛い!』『すごく痛い!』と教えてくれますが、残念ながら馬はしゃべってくれません。

 どうやって馬の痛みを感じてあげられるのでしょうか。感覚的にわかることもたくさんあります。ですが、薬の評価や、治療の評価をする際には、ある程度客観的な指標があることはとても大切です。

Ethogram (エソグラム)

 エソグラム は、動物行動学の用語です。観察対象動物の行動パターンを記録し、行動パターンを細かく評価・解析するためにもちいます。

Royal Veteriary Collegeの Sue Dyson先生は、主に馬の跛行・画像診断・プアパフォーマンスにかかわる多数の論文や教科書を出版され、世界的に有名であるだけでなく、ご自身で高いレベルの馬術競技会にもでられる素晴らしい先生です。 

2013年に来日され、跛行診断の講義をしていただきました。その時、繋ぎのエコーについて質問しましたが、とても丁寧に答えていただきました。数年後にアメリカの学会でお会いした際も、覚えていて下さってお話しできたときは感動しました。北海道にお泊りになった夜に地震があり、『はじめて地震を経験した!』と笑われていたことを覚えています。

そのDyson先生が、 騎乗馬の疼痛を評価するエソグラムの方法として発表された方法が RHpE です。

The Ridden Horse Pain Ethogram ; Equie Veterinary Education(2022)

RHpEは 『騎乗馬』の『騎乗中』の評価です。

普段の生活中(馬房や放牧地など)における痛みの評価方法(スコア)は

・HCPS; The Horse Chronic Pain Scale  (馬の慢性疼痛の評価)

・The equine pain scale  (馬の疼痛スケール) など他にもあります。

An equine pain face ; Veterinary Anaethesia and Analgesia,January 2015より

今回は、RHpEのご紹介。

近いうちに、別の安静時の評価方法についてもご紹介予定です。

RHpE(The Ridden Horse Pain Ethogram)

 多くの人は、多くの馬の行動は正常(痛みとは関係ない)と思っていますが、本当にそうでしょうか?

研究の中で、Dyson先生は騎乗された馬の 117 もの行動をチェックしました。

そのうちの24の行動が ”跛行している馬” と “跛行していない馬” の間で明らかな差を認めました。

さらに跛行した馬におけるそれらの多くの発現率は、跛行していない馬の10倍以上ありました。

24の行動は以下の3つに分類されます。

①頭部の変化 ②体部の変化 ③歩様の変化 です。(詳しい各チェック項目は一番下に記載)

24頭の跛行した馬と13頭の健康な馬の比較(盲検)しました。

報告では、この両群間にスコアの有意差が認められました。 

Key Points

・非跛行群の馬の 最大スコア は 6 (平均および中央値は 2)

・跛行群の馬の 最大スコア は 14 (平均および中央値は 9)

・8未満でも、跛行を否定できるわけではない

各チェック項目

これらをチェックする際に気を付けることがあります。

 評価は、並歩・軽速歩(直径10m円運動を含む)・両手前の駆け足・さらに高度な動きをトレーニングされている馬ではそれらの運動も含めて行います。

少なくとも5~10分は注意深く観察し、ストップウォッチをつかって歩数や、運動時間を正確に測定します。

非常に項目が多いので、チェックシートを作成してから行うのが良いでしょう。

 騎乗者の技術・体格・馬具の適正さ・胃潰瘍などの他の疾患なども、RHpEスコアに影響を与える可能性があります。

ですが、このスコアをハイレベルパフォーマンスの競技会使用した報告もあり、優れた騎乗者であっても異常行動を隠すことはできないと述べてられています。

以下、実際のチェック項目です。 細かいので、飛ばし読みの方は下にスクロール。

① 頭部の変化

a. 耳を後ろに倒す(5秒以上)

b. 眼を閉じる(半開き)

c. 白目がみえる 

d. 眼を見開く 

e. 何度も口を開ける

f. 舌を出して動かす 

g.ハミを口角の左右に出す 

-2021EVJ よりー

② 体部の変化

a.頭の位置を何度も変える(速歩のリズム関係なしに) 

b.頭を何度も傾ける 

c.頭を垂直よりも30度以上前に突き出す(10秒以上)  

d.頭を垂直よりもさらに10度以上巻き込む(10秒以上)

e.頭の位置を頻繁に変えて、Head Tossing(上を向く)したり、左右にふったりする

f.歩様を変換する際に、尾を大きく振る・上下や左右に繰り返し降る、振り回す

③ 歩様の変化

a.ちょこちょこした歩様(速歩で40歩/15秒を超える)、速歩と駆け足の間にリズムがイレギュラーになる、繰り返しスピードが変化する

b.極端にのろい歩様(速歩で35歩/15秒未満)パッサージュのように

c.速歩や駆け足で、後趾が前肢の蹄跡からずれて左右にぶれる(3歩以上)

d.駆け足時に何度も前後の手前がバラバラになる

e.勝手に歩法が変わる(駆け足から速歩、速歩から駆け足など)

f.1回以上躓(つまづ)いたり、よろめいたり、後趾の蹄尖を何度も引きずったりする

g.騎乗者の指示に反して突然方向を変えたり、Spooking(怖がって止まってしまうような後趾に体重が乗った様子)

h.前に進むことを拒む(蹴ったり、言葉をかけたりしないといけない)、勝手に停止してしまう

i.後趾で立ち上がる

j.飛び跳ねたり、後ろを蹴ったりする(片足・両足関わらず)

臨床的な意義について

 明らかな跛行を示していない馬でも、獣医師がみると跛行していることがわかることが多々あります。(その逆も大いにありますが…)。

 ご自身の馬の運動をビデオで一定期間ごとに撮影し、スコアリングしておくことで、ちょっとの変化に早めに気付くことができます。明らかな跛行が発現する前に愛馬の異常に気付いてあげられれば、早めの休養・診察・治療などができるようになるかもしれません。

 また、治療や休養後の運動再開の判断にも使える可能性もあります。

Give it a shot!!

Mahalo