
馬において、胃潰瘍の罹患率が高いことは良く知られています。
現在は、薬物的治療法としてオメプラゾール(商品名:ガストロガードなど)の投与が当たり前になってきています。
ガストロガードの使用説明書に記載されてある投与方法は以下の通りです。

治療の際に、1カ月の投与した後、投与量を1/4に減量してさらに1カ月継続するようにかかれています。
オメプラゾールは非常に効果の高い薬ですが、ヒト医療において急にオメプラゾールの服用をやめることで、治っていた胃潰瘍が再発することがあることがわかっていて、馬でも話題になっています。

RAHS:Rebound Acid Hypersecretion(リバウンド性胃酸分泌過多)
胃潰瘍の薬の種類はいくつかありますが、オメプラゾールはPPI(プロトンポンプインヒビター)に分類される代表的な薬です。
胃酸の産生を低下させることによって、胃のpHを上昇させ(酸性の度合いを弱める)潰瘍が治癒しやすい環境をつくります。
ヒト医療でも良く使われていた薬ですが、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌に成功した人では、1年以内に胃潰瘍が再発する率がとても低いため、再発予防を目的に胃潰瘍の薬を長期で服用する必要はないと考えられています。
ですが、実際にはPPIの投与をやめたとたんに胃潰瘍の症状が再発してしまう患者さんがいます。
これがRAHS(リバウンド性胃酸分泌過多)です。なぜでしょう。
PPIの投与期間中は、薬の効果で胃酸の分泌が抑えられて胃のpHが高くなります。
その間、胃酸を調整するホルモンたちはpHが高いために胃酸を出す方向に頑張っているのです(PPIがあるのでそれでも胃酸は抑えられている)。
その状態でPPIを突然やめることで、治療前よりも胃酸の分泌量が上がってしまう現象が一時的に起きてしまうのです。
Omeprazole Reduces Calcium Digestibility in Thoroughbred Horses
Joe D Pagen, et al J Equine Vet Sci. 2020 Mar;86:

新・獣医薬理学 参照
馬におけるRAHS
幾つかの研究で、オメプラゾール中止後の潰瘍再発率が高いことが示されています。
有名なこの研究では、100頭の胃潰瘍の馬で試験が行われました。
Efficacy of omeprazole paste in the treatment and prevention of gastric ulcers in horses
Andrews FM. et.al. Equine Vet J. 2010.

結果1 : 28日目の内視鏡検査において
- A群(偽薬投与群)では、96%で胃潰瘍が認められた
- B/C/D群 の 92% で優位に胃潰瘍が改善された
結果2: 58日目の内視鏡検査において
- B/C群では 胃潰瘍の罹患率に変化がなかった
- D群では A群と同等の胃潰瘍罹患率であった(28日目から悪化した)
この再発の原因に関与しているのがリバウンド性胃酸分泌過多(RAHS)かもしれません。
2020年 Kentucky Equine Research の発表では、胃液を直接採取してpHの測定がされました。
Omeprazole Reduces Calcium Digestibility in Thoroughbred Horses
Joe D. Pagan et.al. Equine Vet. Science 2020.
4mg/kgのオメプラゾール投与後は、非投与群に比較して明らかなpH上昇がみられました。
ガストリン濃度は、非投与群と比較して2倍に上昇しました。
Dr. Ben Sykesの発表(@ACVIM2023)
ACVIM2023 馬のリバウンド性の胃酸分泌過多について研究報告。
こちらは、オメプラゾールの継続使用の効果について懐疑的な内容でした。
オメプラゾール(≧約4mg/kg)を2カ月間投与続け、突然投与を中止し、中止した1カ月後まで下記の胃酸分泌に係る2つの測定を行いました。
- ① 血清中ガストリン濃度 ; ガストリン ➡ 胃酸の分泌を促す
- ② CgA ; 胃のECL細胞の密度増加に関与する糖タンパク。ECL細胞からは胃酸分泌を促すヒスタミンが分泌される)
結果 : ガストリン ☞ 投与開始後7日目に投与前の2.5倍に増加したが、さらなる増加はなかった。
☞ 投与中止後、2-4日で投与前の基準値まで低下した
CgA ☞ 投与中・投与中止後の全期間において変化を認めなかった
この研究の結果からは、オメプラゾール投与中はガストリンが増加しているものの、急激なオメプラゾール投与中止をしても胃酸が増加した反応(RAHS)の反応はみられませんでした。
つまり、4mg/kgの投与を2カ月継続したあとに、RAHS予防を目的に徐々に減量して低用量の投与をする必要性はないと思われました。
発表では、別に続けても良いが費用の問題もあるし、休薬した後に症状が再発する馬では、おそらく他の問題が存在するので(飼養環境・餌など)、そこに注目すべきであり、投与終了後48時間(ガストリン濃度が高め)のうちは特に注意が必要だと話されていました。
まとまらずも。。続きは次回以降へ
臨床的には、オメプラゾールの投与をやめて胃潰瘍が再発する症例には遭遇することがあります。
治療費に制限がなければずっと続けたいなとは思ったりもしますが、オメプラゾールの長期投与には注意が必要です。
基本的には、馬の精神的ストレスの軽減、胃への物理的ストレス軽減(飼料のやり方)など、薬だけではなく多角的にアプローチしなければいけない問題です。
オメプラゾールは他にも
栄養学的代謝への悪影響 ・ 治療効果の減弱 など いくつかの興味深い研究結果があります。
長くなったので、次回以降でまたそのお話を。
Mahalo