勉強会
昨年より、社台ホースクリニックは約2カ月に一度グループ内獣医師向けの勉強会を開催しています。
第一回 : 馬の全身麻酔前の絶食について考える
第二回 : 疝痛・難産等の急患発生時の連絡体制/連絡手順(当直・情報共有の流れ等)について
第三回 : 関節炎について
基本的な内容や、実務的な議題、コンセンサスの形成、今後の展望、最新情報の提供など、内容は多岐にわたります。若手を中心に、勉強しやすい環境をこれからも提供し、グループ内獣医師たちの学ぶ意欲への刺激と、レベル上昇に役立てばよいと思っています。
第三回のテーマは【関節炎】
コンテンツは
1.近年の関節炎の発生状況
2.関節・腱鞘・滑液嚢の解剖と触診方法
3.RLPについて
4.感染性関節炎に関する最新の知見と搬送前の処置等について
今回は、私の担当した内容【感染性関節炎にまつわる最新知見】の 一部 をご紹介します。
診断について

感染性関節炎は、発症からの時間の経過が予後に大きく影響を与えます。素早く正しい診断が必要ですが、実際は難しいことが良くあります。
関節液の中の蛋白が高い(>4.0g/dL)
白血球数が多い(≧3万/μL)
そのうち好中球が80% 以上
【感染性】というのですから、細菌が関わっているはずですが、関節液の細菌培養検査をしても48~70%しか細菌が分離・培養されません。 なぜでしょう。
従来は、関節液中の細菌が液内に単独で浮遊していると考えられていました。ですが、近年の研究で関節液中のたんぱく質を足場に凝集体として存在していることが分かってきています。

Equine or porcine synovial fluid as a novel ex vivo model for the study of bacterial free-floating biofilms that form in human joint infections -Jessica M et.al-
左の図は、馬・人・豚の関節液で『黄色ブドウ球菌』を培養した写真です。
一番左の行:白い塊(バイオフィルム凝集塊)
中央の行 :走査電子顕微鏡
丸いブドウ球菌が、線維状・コード状のマトリックスの中に絡め取られているように見えます
右の行 : 共焦点レーザー走査型顕微鏡
赤がタンパク質、青が糖質、緑が核酸・細菌です
このようにバイオフィルムが形成されると、抗菌剤が効きにくくなってしまいます。同じような現象が、その他のグラム陽性菌や陰性菌にも起こっていることがわかっています。
ACVS2025(@シアトル)における THE SCHNABEL LAB の発表によると
プロテインキナーゼでバイオフィルムや蛋白性マトリックスを分解すると、その後に培養した際のコロニー数が増加することが報告されました。
新規療法・補助療法
BIO-PLY (バイオプライ)


『バイオプライ』は、ノースカロライナ州立大学で開発されている、PRP由来の研究段階の生物学的製剤
馬のPRPから血小板を溶解し、その中の抗菌性・抗炎症性に関わる成分を濃縮・分画した製剤です。
この論文では バイオプライは、感染性関節炎モデルにおいて黄色ブドウ球菌バイオフィルムを除去し、軟骨変性と関節炎症を軽減したことを報告しています。

左図の一番右、
軟骨の損傷マーカーのD-Dimerの値を示しています。
青:アミカシン(抗菌剤)のみ使用
赤:バイオプライとアミカシンの併用
治療結果の向上を期待させる新製剤ですが…
現時点では標準治療の代替ではなく、抗菌薬・洗浄・デブリードメントなどの標準治療に追加して、バイオフィルム感染や関節炎症を制御する補助戦略として研究されています。 現在は、FDAの承認プロセス中です。
t-PA :組織プラスミノーゲンアクチベーター
t-PAは、人医療では脳梗塞などの治療で使われる「血栓を溶かす薬」として知られています。血栓の主成分であるフィブリンを分解する働きがあります。

これは最初に紹介した論文の図
関節液内でつくられた黄色ブドウ球菌のバイオフィルム塊に対するt-PAの働きを示しています。
A:TPAで処理した右列のみ、白い塊(バイオフィルム)が分散されています
B:バイオフィルムの分散率
人・馬・豚いずれもTPAでの処理群が優位にバイオフィルムが分散されています。
C:t-PAでバイオフィルムを崩したあとにアミカシンを加えると、細菌数が大きく減少しています。
結論 : 関節液中の細菌はバイオフィルム状の塊を作ることで抗菌薬が効きにくくなりますが、t-PAでその塊を分散させると、抗菌薬の効果が回復する可能性がある。

感染性関節炎や、感染性腱鞘炎は、治療開始が遅くなる、あるいは治療がなかなか効かずに炎症が長引くと、【癒着;ゆちゃく】といって、周囲の組織通しがくっついてしまうことが起きます。
腱や靭帯が癒着してしまうと、動きが悪くなってしまいます。
つまり、感染がおさまっても機能障害が残ってしまうことになります。
t-PAは、これを予防する目的でも使用することができます。
当院でも、慢性の腱鞘炎や、腱鞘内の重度損傷に対する手術後の管理として t-PA を使用して、よい結果を得ています。
まとめと今後の展望
感染性関節炎は、単に「関節の中に細菌が入った病気」ではありません。
時間がたつと、細菌は関節液の中で塊を作り、抗菌薬が届きにくい状態になることがあります。
この「細菌の隠れ家」のようなものが、バイオフィルムです。
最近の研究では、このバイオフィルムを崩すことが、治療を助ける可能性が示されています。
BIO-PLYやt-PAといった新しい補助療法は、まさにその考え方に基づくものです。
もちろん、これらは現時点で万能薬ではありません。
基本となるのは、早い診断、関節の洗浄、抗菌薬、必要に応じた外科的処置です。
しかし今後は、そこに
「細菌の隠れ家を崩す治療」
を加えることで、より良い結果を目指せるかもしれません。
感染を治すだけでなく、馬がその後も動ける機能を残すこと。
そのために、感染性関節炎の治療は少しずつ進化しています。




