馬に胃潰瘍の発生が多いことはよく知られていますが、症状や治療法について、知っていますか?
最後に治療法に関する新しい知見について紹介します。

胃潰瘍の症状
- 不安で落ち着きのない行動;馬房内で何度も後ろを見る、腹部を蹴り上げる
- 食べていないのに咀嚼動作をする / 歯ぎしり をする
- えさの時間になると、食べ物に対する執着心が異常に強くなる
- パフォーマンスの低下
- 毛並みの悪化 / 体重減少 / ボディコンディションの低下
- 飲水量の低下 ・ 食欲低下
- 排尿姿勢・背湾姿勢で体を伸ばす
- 軽度の疝痛 (あるいはそれを繰り返す)
などが主な症状ですが、
胃潰瘍の馬のストライド幅は、胃潰瘍のない馬に比べて優位に減少した との報告もあります。
そんなこと考えたことありましたか? これらの症状がすべて胃潰瘍を原因とするわけではないですが、目立たないだけで、馬は痛みをアピールしているのかもしれません。このような症状を見つけた時は、注意してよく観察してみると良いでしょう。
原因について

馬の胃は、腺部(下・おなか側)と無腺部(上・せなか側)に分かれます。その境界をヒダ状縁と呼びます。無腺部は、食道からのつづきで、胃酸に弱い構造になっています。腺部には、胃酸や粘液を分泌する腺があり、粘膜が胃酸によって痛みにくい構造になっています。
胃潰瘍は、主にヒダ状縁や無腺部がpH4以下(酸性)にさらされると発症してしまいます。人はおいしそうなものを見ると、副交感神経が刺激されて胃酸が分泌されますが、馬は常に胃酸が分泌されているので、余計に胃潰瘍になりやすいのかもしれません。
本来(野生)の馬は、1日の16~20時間を採食に費やし、1日に40ℓもの唾液を分泌します。唾液には、重炭酸塩という胃酸を中和する成分が多く含まれており、粗飼料の摂取量が減ったり、濃厚飼料が多くなって咀嚼の回数がへると唾液の量が減り、胃内の環境が酸性に傾くことになります。
運動内容も影響します。ギャロップ運動は腹圧や胃の圧があがるために、胃酸が無腺部にかかってしまうことがわかっています。また、輸送の揺れでも腺部に溜まった胃酸が揺れて無腺部にかかってしまいます。多少の繊維素が胃内にあれば胃酸の飛び跳ねを抑えることができます。運動前に少量の粗飼料を与えることや、輸送中に採食できるようにすることは胃潰瘍の予防に役立つでしょう。
厩舎で流れているラジオ。2008年にオーストラリアのRural Industries Research and Development Corporationが発表した『サラブレッド競走馬における胃潰瘍のリスク因子』という報告によると、一部の馬のストレスの一因になっていることが示唆されています。調教下にあるサラブレッド400頭で調査したこの報告では、ラジオが鳴っていた厩舎の馬の胃潰瘍発生率が高かったそうです。さらに驚くことに、音楽が流れているラジオよりも、トークショーを流していた厩舎では、明らかに胃潰瘍の発生率が高くなりました。 そのほかにも、胃潰瘍発生に関連する要因について詳細に調査してあるので、興味のある方は読んでみてください。
馬なのに、 馬耳東風 とはいかないのかもしれませんね。。
胃潰瘍を疑う馬がみられる場合は、一度、厩舎の環境について考えてみるもの良いでしょう。
治療について
現在は、胃酸分泌を担うプロトンポンプという構造を阻害する『オメプラゾール』という経口薬による治療が主流です。1日1回の投与でよく、高い治癒率の報告があります。
2020年のAAEP(米国の馬臨床家の学会)にて、オペプラゾールをどのタイミングで与えることが効果的かという報告がありました。オメプラゾールを自由採食させている馬に与えても、空腹の馬に与えた場合に比べて50-66%も生体利用率が下がってしまうそうです。Ben Sykes先生は、オメプラゾールが吸収されてから血中濃度が最大になるまで約45~90分かかるため、以下の治療方法を提案されています。
- 夜10時からの絶食 (10時までに食べきる量を与えておくだけでも良い)
- 翌朝 6-7 時に オメプラゾール を与える
- 投薬の 60 – 90 分後にアルファルファ乾草(1~2枚) or 粗飼料
- 必要であれば、そのあとに濃厚飼料
潰瘍を患っている馬を絶食させるのは、胃が空っぽになるのでは?と思われるかもしれませんが、馬も夜に寝ている数時間は自然に絶食しますし、食事をやめてから胃の中がすぐに空になることはありません。そのため、この方法は、自然な夜間の断食を強制的に行っているにすぎないと説明されています。
また、オメプラゾールに併用してスクラルファートを投与することも治癒率向上に役立ちますが、同時に与えるのは避けたほうがよさそうです。その代わりに、餌を与える直前に飲ませるのが適切なタイミングです。
治療が完了した際には、理想的には一晩中、自由に食べられるようにすることが勧められています。
さいごに
馬の胃の内視鏡検査をするには、特別に長い内視鏡が必要です。ですから、胃潰瘍を疑って試験的治療を行うことも多いかもしれません。安くはない薬ですから、治療効果を最大限に発揮するためにも、投薬のタイミングを工夫してみましょう。
日本において、馬の胃潰瘍治療薬として唯一の承認を受けている薬 ガストロガード
愛馬を守ってあげるのはあなたしかいません。様子をよく観察して、サインを汲み取ってあげてください。