獣医療

完全内臓逆位;Complete situs inversus

アッチョンブリケ‼ 

数年前のこと。夜中2時に電話で起こされた。疝痛の馬の搬入依頼だった。

病院に到着してほどなく馬も到着。いつも通り検査をする。。。。 ん? んんん?

俺は寝ぼけてるのか?  おかしい。

エコー検査をすると本来は左にあるはずの 脾臓 が右にある。 

心臓の音が左で聞きづらい。右で聞こえる。

目が覚めた(まぁ。すでに覚めてはいるのだけれども) 

これが噂に聞く ”内臓逆位”か!

昔読んだぞ。たしかブラックジャックがピノコに鏡をもたせて手術したんだ。。手塚治虫先生ありがとう

完全内蔵逆位

 完全内蔵逆位は、その名の通り体の臓器がすべて左右逆に位置する疾患。それだけなら特に機能上の問題はないので、気付かれないことも多い。

 ヒトでは、1万人に1人くらいの発生率と言われている。これまでに、動物では犬・猫・豚・羊・牛で報告がある。学生時代に、犬で遭遇したことが一度だけあった。当時はレントゲンの現像が生現像だったため、レントゲンの表と裏を間違えているのではないかと何度も確認したものだ。

当然馬もあるがとても珍しい。

 死後の病理解剖検査で偶発的にみつかった症例が3症例(1854/1948/1990年)。生前診断された症例が3症例の報告あるだけ。

生前診断された3症例は 

生前診断された馬の完全内蔵逆位

① 2歳 スタンダードブレッドトロッター 症状なし 偶発的に発見される 

(R.Buhl et.al 2004)

② 12歳 クリーブランドベイ/サラブレッドの混血

  騙馬 慢性の疝痛で検査した際に発見される (S.J. Turner et.al 2004)

③ 1歳 スタンダードブレッド 雌 慢性の呼吸器疾患の検査で発見される

 (K.Palmers et.al 2008)

検査所見

6歳  サラブレッド(6日前に分娩) 競争出走歴あり

 このエコー画像は、見る人が見れば異常に気付く。 R は 『右』 FLは 『膁部(けんぶ)』 の意味だ。

左の膁部に見えるべき 脾臓 と 腎臓(通常は左腎だが、右にあるから右腎とすべきか?)が描出されている。その他、肝臓と脾臓の位置関係もいつもの逆。胃の位置も逆。

痛みも強くなってくるし、結腸の変位が疑わしい所見を認めたので、試験開腹手術となった。

開腹手術時の写真(都合上モザイクかけてます) : 尾側から;右が馬の左側 / 左が馬の右側 盲腸が左にある

 診断通り、脾臓も右にあるし、盲腸と結腸の位置も逆であった。疝痛の原因事態は、結腸の左背方変位(通常であれば右背方変位)と呼ばれる、結腸が異常な位置になることでおこるものだった。

 手術が終わって馬が落ち着いたのちに心臓の検査をした。実は完全内蔵逆位では心臓も左右逆になっていることが多い。さらに、心奇形を併発していることもある。

これも、見る人が見れば異常に気付く。 L は 『左』の意味だ。 

画像の上から超音波ビームが出ているので、上が馬の左側、下が右側になる。超音波ビームに近い方に通常の右心室があり、遠い方に左心室がある。左から心臓をみているのに いつもの右からみた画像と同じだ。 

つまり心臓も左右が逆だった。幸い、心奇形(血管や構造の異常)はなかった。

心電図(Ⅰ誘導)も P波とT波 の向きが正常の馬と逆(下向き)だった。
これまでの報告でも似たような報告がある。

その後、問題なく退院したこの馬は、翌年にも仔馬を生んだ。仔馬は逆位ではなかった。

完全内蔵逆位の際に気を付ける合併症

 ヒトでは、完全内蔵逆位には、”カルタゲナー症候群”という疾患の併発がみられる。 カルタゲナー症候群は、『繊毛機能不全症候群』と呼ばれる疾患で、気管や肺に診られる絨毛とよばれる構造の運動性が低下する常染色体劣性遺伝性の疾患です。この絨毛は、気道に入ってきた異物を粘液とからめてキャッチして、痰として体外に排出する役割を持っています。 

 これまでに報告のあった馬の症例でも、呼吸機能の異常(慢性気管支炎)が2頭でみられており、1頭は死亡後の病理組織検査で、絨毛がなかったことが報告されています。

 馬でも慢性の呼吸器疾患などに苦しむ馬は多い。その原因のほとんどは、カルタゲナー症候群ではないだろうが、どこかで頭の片隅にでも置いといてもらえると。。。ひょっとすることがあるかもしれません。

 カタルゲナー症候群の男性では、精子の繊毛が運動を行わないことが関連する精子無力症を、女性では卵管の繊毛運動不全によって受精卵が卵管膨大部に着床して子宮外妊娠を来すこともありますが、この馬は既に何頭も正常分娩していて、呼吸器疾患もないので、おそらく問題ないのでしょう。

今回は、そんな珍しい症例のご紹介でした。

🐎Mahalo🐎