シリーズ第四弾。馬の疼痛管理について。
アセトアミノフェン(パラセタモール)
新型コロナ感染症が蔓延した際、病院から処方された方も多いかと思います。商品名『カロナール』。
坐剤であれば『アンヒバ』『アルピニー』などがあります。
ヒトではインフルエンザ感染が疑われる際に、NSAIDs(ボルタレン・ポンタールなど)をつかうとインフルエンザ脳症を発症し、死亡につながる可能性が増加するという報告があります。
インフルエンザ脳症は、高熱・意識障害・けいれんなど、神経障害性の症状が急速に進行する病態のことを言い、非常に危険です。
アセトアミノフェンは、NSAIDsではありません。詳細な作用機序は明らかになっていませんが、脳内の視床下部に作用して末梢血管を拡張させることで解熱をさせると考えられています。インフルエンザの際も安全性が高いと考えられていて、よく使われます。
痛み止め効果はどうやって起こるのでしょう。
手先や体表で感じた痛みは、一次神経から脊髄を通って大脳へ伝わりますが、からだの中にはそれを抑制してくれるシステムがあります。
痛みは、からだを守る大切な刺激ですが、激しい痛みがずーっと続くことは体に良くないために生まれたのかもしれません。
下降性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)と呼ばれます。
アセトアミノフェンはこのシステムを活性化することで鎮痛効果をもたらしていると考えれれています。NSAIDsのように、プロスタグランジンを抑制したりする作用はないので、抗炎症作用は殆どないと考えられています。
馬での使用量は、 経口投与 20mg/kg 1日2回
バナミンやビュートなどのNSAIDsは、主に胃潰瘍などの腸管障害を引き起こします。アセトアミノフェンにはそのような副作用がないため、鎮痛作用は強くないですが安全に使用できます。
馬での効果は臨床的には実感するところですが、現在のところ研究報告はまだ多くありません。
機械的跛行を呈した馬において、経口で投与するのに合理的な証拠はあるものの、最大の鎮痛効果を得るための最適な投与量の評価には更なる研究が必要
【Emily Floyd , BEVA2023より】
ガバペンチン
抑制性神経伝達物質GABAの合成化合誘導体です。
人や伴侶動物の診療分野において、一部の発作の治療薬として使われます。また、慢性神経障害性疼痛にも保険適用となっています。
人においても、まだまだ研究が必要と考えられているようですが..
馬の疼痛管理(1)でお話しした、神経障害性疼痛の抑制を目的に使われます。直接的な鎮痛効果は強くないですが、蹄葉炎や関節症などの、痛みが常にずっと続くような状態で、他の鎮痛薬と併用して使うことで、神経障害性疼痛を抑制することができます。
ヒトや犬・猫では、使用後の運動失調や鎮静効果などが報告されていますが、馬では今のところそのような報告はありません。アセトアミノフェンと同様に、NSAIDsが使用しにくい馬(胃潰瘍・腎不全の馬など)に使うことができます。
ただし、こちらも馬の研究はまだはっきりとしていません。
慢性跛行の馬において5-20mg/kgの投与で有効な鎮痛効果は証明されていない。特に神経障害性疼痛や、高容量での使用に関する研究が必要
【Emily Floyd , BEVA2023より】
オピオイド
もともと体内にあるオピオイド受容体に作用します。
『モルヒネ』『ブトルファノール』『フェンタニール』『トラマドール』『ブプレノルフィン』『ペチジン』などが馬で使われているオピオイドになります。
①一次知覚神経からの痛覚伝達の抑制 ②下降性疼痛抑制系の活性化 ③中枢における痛覚伝達・発現の抑制
これらの多様な経路からの鎮痛効果をもつため、強力な鎮痛効果があります。
馬の診療に従事する先生は、平成19年に『ケタミン』が麻薬指定されたため、麻薬管理者(or施用者)免許を持っている先生がたくさんいます。オピオイドは麻薬指定されているものが含まれますが、このような先生は、モルヒネなどの強力な鎮痛薬を使用することが可能です。聞いてみてください。
モルヒネ : 0.1-0.15mg/kg i.v. - 0.25mg/kg i.m.
トラマドール : 2-4mg/kg - 10mg/kg qid.
フェンタニールは、腸管内からの吸収が難しい薬です。
サロンパスのように皮膚に張って、3日間連続効果をもつ薬を使用します。
フェンタニル
10mg patch/150kg を目安に使います
ケタミン
麻酔に使用するお薬です。馬の全身麻酔に昔から使われています。
脊髄の興奮性アミノ酸受容体(NMDA)の拮抗薬として働いて、強力な鎮痛作用をしめします。
モルヒネも効かない難治性慢性疼痛にも有効なことがあります。
鎮痛目的で使うときは、投与量を減らして投与します。
0.5mg/kg i.m. (≦qid.) ― 0.6mg/kg/hr CRI
持続時間は短いですが、強力に痛みを取ってくれます。
おまけ
高齢の馬には変形性関節症がよくみられます。 人でも、高齢になると膝や股関節にみられる病気です。
関節が狭くなり、ボロボロになって慢性痛となります。
軟骨には痛みを感じる神経は分布していないのですが、関節症の際の痛みは非常に複雑に絡み合っているので、疼痛管理が難しい病気と言えます。
これまでに紹介した、侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛が混在します。
つまり、バナミンだけでは効きが悪いということです。
これらの痛みには NGF(神経成長因子)という物質が関与していることがわかっています。
犬・猫では、抗NGFモノクローナル抗体製剤が販売されはじめ、その効果が期待されています。
馬での薬の販売はまだありませんが、2年ほど前から関節症の馬においてもNGFの関与が証明されてきていますので、将来に発売される可能性があるかもしれません。
Nerve growth factor receptors in equine synovial membranes vary with osteoarthritic disease severity
Anna Kendall et.al , J.Orth.Research 2022
最後に
痛みは体の問題だけではなく、心にも影響を与えます。
計画的な疼痛管理をしてあげることで、それまで性格の悪いと思われていた馬の表情が柔らかくなり、優しくなることは珍しくありません。
あなたの愛馬の老後の幸せを保つために、担当の獣医さんに相談してみてください。
長くなりました疼痛管理シリーズは、とりあえずいったん終了です。
Mahalo