獣医療

大動脈閉鎖不全症

大動脈弁閉鎖不全症(AI:Aortic Insufficiency)/大動脈弁逆流(AR:Aortic Regurgitation)

馬で最も一般的に認められる心臓の病気が 大動脈閉鎖不全症 です。

10歳以上の馬で罹患率が高まります。

馬の左側から見た心臓の位置 AV のところが 大動脈弁の位置です。

聴診では、AV の位置で聴診をすると

どっくんドックン の 『クン』の後に 響くような音が聴こえますか? 

本来であれば、このような音は聴こえません。正常とくらべてみましょう

どっくん の 『クン』 は大動脈弁などが閉じる時になる音です。ですから、そのあとに響く 『ぼわーん』

という音は、弁が閉まりきらないことで大動脈から左心室方向へ漏れ出た(逆流した)血流の音です。この 『くん』のあとは、心臓が拡張するタイミングなので 拡張期 と呼ばれます。ですから、

この心雑音は 大動脈弁領域における拡張期心雑音 と表現されます。

ちなみにこの馬は、左の胸のあたりに手の平を当てると… 小刻みな振動を感じます。これを スリル といいます。音がある程度大きくなると、このスリルを触ることがあり、このような状態は 6段階中の5段階目(上から2番目)なので、 Levine(レバイン) Ⅴ/Ⅵ と 言います。

病態

大動脈閉鎖不全症は、ゆっくりゆっくり悪化する疾患です。病態の悪化がすすむにつれて、僧帽弁閉鎖不全症や心筋機能の低下を引き起こしますが、それらを併発しなければ運動不耐や心不全などの症状はみられません。

重症化してからはじめて気づかれることの多い疾患です。

大動脈弁の退行性変化(加齢性変化)、弁尖逸脱(弁の閉じる位置がずれる)、感染性心内膜炎などが原因となり、大動脈から左心室に血液が逆流します。

症状

軽い場合は、症状がありません。正常なパフォーマンスライフと寿命が期待できます。

一方で、10歳未満で中~重度の大動脈閉鎖不全を認める馬は、パフォーマンスライフが短くなるリスクが指摘されています。

進行すると、運動することが苦しくなり、運動を嫌がるようになるかもしれません。

大動脈閉鎖不全症では、拡張期に大動脈の血液が左心室に漏れてしまうため、拡張期血圧(下の血圧)が低下します。心筋機能が損なわれていない場合、左心室は通常の1回拍出量に加えて’漏れてきた血液 ’も一緒に押し出すため、収縮期血圧(上の血圧)が上昇します。そのため、末梢の血管で触ることのできる脈圧を強く感じることができるようになります。

(脈圧 = 上の血圧 と 下の血圧 の差を触ることができます)

下あごの骨の下側を触ってみてください。立たせたときに目の真下の位置あたりの下あごの下側に動脈があります。 そこが 強く バクバク していたら 脈圧の上昇 かもしれません

他の組織と同様に、心臓の筋肉も酸素を必要とします。心臓に酸素を供給する血管を冠動脈(冠動脈)といいます。

ヒトでは、コレステロールがたまって弱った冠動脈が、動脈硬化症となって血液の流れが悪くなりやすい場所です。酸素を含んだ血液を十分に運べないので、心臓の筋肉が苦しくなる 狭心症(きょうしんしょう)となります。

ウマでは、コレステロールが動脈硬化を起こすことはありませんが、大動脈閉鎖不全症では似たようなことが起きてしまう危険があります。

この冠動脈は大動脈の根元から出ており、拡張期に大動脈から血液が流れるようになっているのですが、大動脈閉鎖不全症では、拡張期に大動脈の圧が低下するため、冠動脈へ流れる血液量が低下してしまいます。

安静時には問題ありませんが、運動や交配で心拍数が増えると必要な酸素量が増えるため、相対的な酸素不足となって不整脈を誘発し、心臓突然死につながると考えられています。

種馬は、交配時に心拍数が160回/分まで上昇します。年を取った種馬において交配時のトラブルが起きないようにするためにも、定期検査が大切です。

診断

聴診・心エコーでおこないます。

心エコー検査では、原因の調査、逆流血流の確認、心臓の形態的変化などを評価します。

中~重度の逆流を認める馬、あるいはパフォーマンス異常を認める馬は、運動時心電図検査が推奨されます。

RV:右心室 RA:右心房 Ao:大動脈 LV:左心室 LA:左心房

モザイクの色がついて 大動脈弁逆流→  のところが漏れ出た血液の流れです。

治療

ACEインヒビターという心臓の負担を軽くする薬が用いられますが、病態の初期(症状のないころや、心臓の大きさに異常がない状態)では、その薬の効果は証明されていません。

ただ、臨床的には進行を遅らせる効果があるのではないかと考えられています。心臓が大きくなる反応を認めた際は、ACEインヒビターの使用をお勧めします。

馬で①最も一般的に使用され ②その効果が証明され ③入手可能で ④金額的に一般的に使用可能なのは、

ベナゼプリル というお薬です。 

馬に与えるにはかなりの量が必要です。担当の先生に相談してください。

海外からの輸入も可能です。

予後

残念ながら、エコー検査の結果から、予後を正確に予測することはできません。

軽度であれば1年に1回の定期検査をお勧めします。

中~重度のARでは、年2回の心エコー検査を行い、進行が遅いことが確認出来たら、年1回のエコー検査と運動時心電図検査を行うことが推奨されています。

重篤な大動脈閉鎖不全症を有する馬では、心臓突然死の危険性があるため、特に子供を乗せた騎乗・競技・レッスンなどに供用すべきではありません。

Mahalo