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馬の『屈腱腱鞘の腱鞘液増量』について -2-

『肢が腫れた』シリーズ第二弾。

屈腱腱鞘の液が増えているかどうかを触ってわかるようになりました。

今回の記事では、腱漿液が増える原因について。

腱鞘炎(Tenosynovitis)

関節や腱鞘を内張する膜を『滑膜(かつまく)』といいます。腱鞘炎は、腱鞘の滑膜に炎症が起きる状態のことです。腱鞘炎になると、腱鞘内の液『腱鞘液(けんしょうえき)』が増えて、腱鞘が腫れて(膨れて)しまいます。

この状態は、様々な原因と様々な臨床症状を呈しますが、大きく以下の4つに分類されます。

  1. 特発性腱鞘炎:Ideiopathic Tenosynovitis
  2. 急性腱鞘炎:Acute Tenosynovitis
  3. 慢性腱鞘炎:Chronic Tenosynovitis
  4. 感染性腱鞘炎:Septic(Infectious)Tenosynovitis

この分類では、重複するところもありますが、効果的な治療方法を検討するためには最も適している分類と言えます。

繋ぎの裏の小さな外傷 腱鞘につながって感染性腱鞘炎になっていた馬

特発性腱鞘炎

 特発性腱鞘炎では、腱鞘液が増量しますが、炎症・痛み・跛行を認めない状態です。

仔馬では腕節の伸筋腱の腱鞘が生まれながらに増えていることは珍しくありません。

成馬では、いつの間にか少しずつ増えていることがほとんどです。屈腱腱鞘で起きる特発性腱鞘炎は、『Windpuffs』や『Windgalls』と呼ばれることもあります。

最もよくみられる状態の『Windpuffs』は、次回にそれだけで記事にする予定です。

飛節に位置する腱鞘の『足根腱鞘』にみられる特発性腱鞘炎は『サラピン:Thorough-pin』とよばれます。

原因

慢性的に組織レベルの小さなダメージが原因だと考えられていますが、わかっていません。

診断

 液が増量している以外に、何の症状もないことが特徴です。針を刺して液を抜くと、液は透明な薄い黄色で、タンパクが2~2.5mg/dL、白血球数は600未満です。屈腱腱鞘の増量は、繋靭帯と深屈腱の間(前回の記事参照)を触って判断します。または、繋の裏を触ります。

治療

特発性腱鞘炎は一般的によく見られる状態であり、Blemish(ブレミッシュ:完璧な見た目上の美しさを損なったりするもの)と捉えるべきです。

つまり、積極的な治療が必要でないものと考えることが良いでしょう。

美醜の問題を(過剰に?)気にされる場合は、針を刺して腱鞘液を吸引し、コルチコステロイドを局所投与することもできますが、効果はあまりありません、。リウマチの治療でつかわれる『オルゴテイン』もオプションのひとつといえます。

急性滑膜炎

急性滑膜炎は、急速に腱鞘液が増量すると同時に、腱鞘の熱感・痛み・跛行などが生じる状態です。

原因

屈腱腱鞘の急性滑膜炎は、腱鞘構造の周囲への直接的な外傷・打撲などが多くの原因と考えられています。

その他に、屈腱・繋靭帯・輪状靭帯の過度な緊張に伴って発症します。過伸展や、腱炎で腱が太くなる変化がみられた際に、腱と腱鞘構造の過度な摩擦などが原因となるかもしれません。

エコー検査では腱鞘の炎症反応(腱鞘液の増量など)は認めるものの、多くの症例では原因の分からないことが多い疾患です。

一方で、腱鞘鏡手術(関節鏡を腱鞘の中に入れる手術)で腱鞘内を観察すると、深屈腱の表面に縦長の損傷を認めることが多いことが報告されています。

診断

急な腱鞘液の増量と、腱鞘周囲の炎症から判断します。ただし、感染性腱鞘炎でも同じような症状がみられるため、その鑑別は特に重要です。

感染性では(詳しくは後述)、より重度な跛行を示し、熱感や痛みを伴うことが多くなります。

治療

運動制限・冷却(水冷など)で炎症を抑えます。腱鞘液を針で刺して抜いたり、ステロイドやオルゴテインを投与することも可能ですが、発症から1週間程度は保存療法で様子をみます。

それらの治療に反応しない場合、腱鞘鏡手術が検討されます。

しっかりと運動制限ができて、腱にダメージがなければ予後は良好ですが、不適切な治療や管理がなされると、慢性の腱鞘炎になっていきます。

慢性腱鞘炎

 腱漿液の増量が長くみられる状態です。機能低下がみられることも診断基準の一つであり、それ以外の場合は特発性腱鞘炎に分類されます。

診断

屈腱腱鞘の慢性腱鞘炎は、急性の腱漿液増量が完全に消失しない場合、持続的な腱や靭帯の損傷に起因する場合、あるいは過負荷の再発など複数の軽微な外傷に起因する場合があります。

腱鞘組織への持続する刺激は、腱鞘構造を厚く変化させます。癒着性の変化は、腱鞘の容積・柔軟性を減少させることにつながります。

エコー検査をすることで、腱鞘壁の変化や癒着、腱や靱帯の損傷を診断することができるかもしれません。

腱鞘鏡手術では、腱鞘内を直接観察することができるので、さらに有用な検査が可能です。

治療

 ステロイドあるいはオルゴテインの腱鞘内投与が行われます。これらの処置にもかかわらず、液の増量が変わず跛行が継続される場合は、外科手術(関節鏡手術)が検討されます。

感染性腱鞘炎

 感染性腱鞘炎は、腱鞘液の著しい増量・熱感・痛み・腫脹・重度の跛行を特徴とします。感染の原因は、血行性、医原性、外傷性などがあります。激しい炎症が起きるため、腱鞘内にフィブリンが析出してあっという間に癒着が起きます。

診断

 症状から感染を疑う場合は、可及的すみやかに腱鞘液の検査を行わなければなりません。腱鞘液の性状は、黄色で透明性がなく、たんぱく濃度は3g/㎗以上、白血球数は30,000/㎣になります。体温も上昇することがおおいでしょう。たんぱく濃度の上昇した液は、エコー検査で輝度の高い液体として描出されます。レントゲンにはうつらない異物をみつけることもあります。

治療

 感染性の関節炎と同様の治療が推奨されます。つまり、腱鞘鏡手術あるいは腱鞘の穿刺・洗浄、広域の抗菌剤投与が必須です。癒着が進むと、その後に感染がコントロールできても機能的な回復は難しくなります。

こんな異物(木片)が入っていては、感染がいつまでもコントロールされることはありません。積極的な治療が必要です。

腱鞘近くの外傷は、すぐに獣医にみせましょう。

まとめ

ちょっと難しかったかもしれませんが、屈腱腱鞘の腱鞘液の増量についてでした。明日にでも愛馬の肢を気にして触ってみてください。

Mahalo