前回は、馬の便秘疝について概要をご紹介しました。
今回はもう少し掘り下げましょう。

馬に起こる疝痛の原因として、痙攣疝に続いて 2番目に多いと言われている便秘疝。
便秘させる原因によって分類されますが、今回は食渣による便秘(Feed Impaction)について。
意外に診断に苦慮したり、治療に不安を抱えることもありますので、
様々なトピックもあわせて
- 診断
- 治療
などについて、改めてご紹介します。
前回の内容では物足りなかった方、新人獣医師、馬の診療に慣れていない獣医師、あるいは復習したい獣医さん、向けの内容です。
(薬物投与量等については、一般的な容量を記載していますのでご自分のご判断でご使用ください。)
馬の腸管

最も便秘が起きやすいのは、左腹側結腸の結腸骨盤曲です。
右背側結腸や横行結腸で起こることもあります。
1歳未満の馬ではほとんど起こりませんが、ミニチュアホースでは仔馬も発生します。
症状 と 発症要因
一般的に軽度から中等度の腹痛を示します。鎮痛剤の投与に反応し、痛みが一時的に消えることがあります。
ボロの量は一般的に減少し、バイタルサインは正常からわずかに上昇する程度です。
聴診では腸蠕動音の減少や欠如がみられます。軽度から中等度の腹囲膨満(おなかが張る)を示す馬もいます。
発症から2週間以内の飼養管理方法の変更、運動制限などが素因となります。
具体的には、餌の変更、濃厚飼料の多給、駆虫薬の投与、歯の治療の不備、気候変化に関連した飲水量の低下、長期入院、全身麻酔などがあげられます。
飲水量も含めて気候の影響があるため、北半球では冬季の発生が多くなります。
カハール細胞(Cajal細胞)は、消化管のペースメーカーとして働く細胞として知られています。この細胞の密度が低下している馬がいることが分かっており、便秘を再発する馬では、これらが関与しているのかもしれません。
診断
上記の症状や、発生状況(素因がないかどうか)、から便秘を疑います。
腹部超音波検査で、明確に便秘と診断できることはありません。便秘に伴う、あるいは 便秘を伴う 結腸の変位がある場合は、超音波で診断できることもあります。

通常、腸管とともに走行して描出される血管は、外側盲腸ヒモの血管のみです。
本来、結腸動脈は結腸の内側に位置しますので、経皮的エコー検査によって、このような結腸動脈が描出されることは、結腸が少なくとも変位していることを示しています。
盲腸の血管との区別は難しくありません。血管の太さを比べてみてください。

胃内容逆流試験はほとんど陰性です。
血液検査は、軽度から中等度の脱水、白血球数や血液ガス分析は正常ですが、低K血症になる馬が多いことがわかっています。
腹水の性状もほぼ正常です。
直腸検査で、便秘塊を触ることで診断します。
直腸検査では、馬の腹部の尾側30-40%を触ることができます。
直腸検査になれた馬では必要ありませんが、そうでないときは 必要に応じて鎮静等の処置を行います。
馬の直腸壁はうすく、(特に疝痛に罹患した馬では)穿孔する危険もありますので、牛の直腸検査よりも慎重に行います。
- 直腸の糞便を出した後に、2%リドカイン 50-60ml を直腸内に投与 あるいは
- ブチルルコポラミン(短時間型抗コリン作動性鎮痙薬:ブスコパン);0.3mg/Kg i.v.
によって、直腸の可動性が増し、操作性が格段に上がります。
見落としをなくすための直腸検査の詳しい手順は、別の機会に紹介するとして….
変位あるいは便秘などの際の直腸検査において、結腸骨盤曲は通常とは異なる位置に触れることがあります。
骨盤曲は、やや左の腹側に位置するのが正常ですが、便秘塊やガスで膨張すると、右の腹側や骨盤曲の前縁に位置することがあります。
また、便秘がさらに重度になると、骨盤腔の中までせり出してくることも珍しくありません。
そのような場合は、直腸に手を入れて進めるとすぐに大きな塊を触ります。

便秘塊を確認できた場合、次に重要なことは 単純な便秘であるか あるいは 変位を伴っているか を判断することです。
骨盤曲の便秘塊が左の背側方向へ伸びている場合、Nephrosplenic Entrapmentがないかどうか、腎脾間膜を慎重に触って診断する必要があります。

多くの結腸変位は、右背側結腸内の便秘が生じ、その結果として生じたガスが結腸を膨満させて変位すると考えられています。右背方変位のパターンは様々ですが、多くの場合、結腸は反転して盲腸と右の腹壁の間に位置するようになります。
そのような場合、骨盤曲の前縁で、結腸が右尾側から左頭側に向かって斜め横方向に走っているように触ります。骨盤曲は左の頭側にあるため触ることができず、盲腸は結腸に押しやられて軸側および頭側へ変位します。
その他の変位でも、多くは結腸の拡張を伴い、骨盤腔内へ押してきていて、骨盤曲を触ることができません。
便秘の部位によっては、手が届かないこともありますので、便秘塊を触らないから便秘ではないとは言えません
治療に対する考え方
内科的治療と外科的治療(開腹手術)があります。
もちろん内科治療で解決すれば良いのですが、長期間に及ぶ内科治療に反応しない場合は、結腸破裂のリスクが上昇しますので、遅滞なく手術を行う必要があります。
また、気腸の持続と進行・変位を疑う、痛みのコントロールができない、循環系パラメーターの悪化、腸管運動の減弱 などが明らかに認められた場合は、外科手術の適応と言えます。
内科療法
内科的治療の柱は以下の 5項目です。
① 絶食
② 経腸補液
③ 静脈輸液
④ 下剤
⑤ 鎮痛
① 絶食
便秘が解消されるまで(一定程度の安定した排便がみられるまで)絶食する必要があります。
便秘があっても食欲をみせる馬もいますが、便秘の塊がさらに大きくなりますので、絶対に与えてはいけません。
便の通過を確認し、さらに直腸検査にて、糞塊の消失を確認できてから給餌を再開することが重要です。
② 経腸補液
胃カテーテルを挿入して、水を投与する(胃に入れる)方法です。消化管に直接的に液体を投与することができ、結腸の運動性を刺激します。静脈点滴よりも電解質組成を正確にする必要性も低く、費用も安価ですみます。
正常馬であれば、胃カテーテルから一度に最大10Lの水を1時間おきに投与しても耐えることができますが、結腸便秘の馬では、2時間で5Lを超える量を投与するのは賢明ではありません。
経腸補液は少量の投与を間歇的におこなうことが最も良い方法です。胃が満杯にならないように気を付けさえすれば、一日に胃カテーテルから60Lの量の液体を投与することが可能です。
治療時には、胃破裂を起こさないように、定期的なサイフォニングや超音波検査によるエコーによる過度な胃拡張がないことの確認を行うことが大切です。

ですが、2時間おきに胃カテーテルを挿入するのは現実的ではありません。馬は嫌がって、鼻捩子をとることすら拒絶するかもしれません。
このキットをつかえば、その苦労は解決です。
Enteral fluid therapy in 108 horses with large colon impactions and dorsal displacements. (Monreal et.al. 2010)
- 結腸便秘の成馬 78頭
- 結腸の左背方変位 30頭
上記の馬群に、等張電解質液を 2時間おき に 8-10L 経腸補液しました。(カテーテルは入れっぱなしで頭絡に固定) 投与後は5-10分の曳運動。
投与した水の組成は、水道水1Lに対して 塩化ナトリウム6g、塩化カリウム3g (温度25-35℃)
( Na+ 103mmol/L, K+ 40mmol/L, Cl- 143 mmol/L ; 286mOsm/Kg )
結果 :
合計 108頭中 102頭が この治療に耐えることができました。
残りの6頭は投与後に、疼痛をみせたため、静脈点滴療法へ切り替えました。
結腸便秘の 99%
変位の 83% が回復した。
治癒に要した平均時間は20時間
平均投与量は 118 L であった。
63%で血液希釈が認められた。
③ 点滴(静脈補液)
一般に、24時間以上の治療に反応しない馬(発症から時間の経過した馬)あるいは、脱水した馬、胃内容逆流があって経腸補液ができない馬におこなわれます。
大腸便秘の馬には、循環血液量の回復と消化管内容の水分補給を目的として、維持量の2倍にあたる120ml/Kg/dayの電解質液を静脈内投与することが推奨されています。(Rakestraw2012)。
しかしながら、高容量の静脈内輸液は腸管内容に水分を補給する意味ではあまり意味がなく、たくさんの尿を作ってしまいます。くわえて、多くの馬は輸液中止後にも尿路からのナトリウムおよび水分の消耗が持続します。それでも血清浸透圧やナトリウムは正常であることが多いため、喉の渇きが刺激されず、結果として飲水量減少によるリバウンドが発生しやすくなります。(Laster2013)
Treatments to promote colonic hydration: enteral fluid therapy versus intravenous fluid therapy and magnesium sulphate. (Lopes et.al. 2002)
正常な馬4頭の右背側結腸にフィステルを設置し、下記の治療方法による腸内水分量の変化を比較しています。
- 胃カテーテルから : 電解質補正した水道水を60L投与(10L/hr×6時間)
- 浸透圧性下剤である硫酸マグネシウム(1g/Kg)の経口投与し、直後から静脈点滴を開始(10L/hr×6時間)
結果 : 経腸補液の方が、腸管内の水分量が優位に上昇し、全身への負の影響も少なかった。
➡ この研究では、経腸補液の方が、腸管内の水分量が優位に上昇していました
④ 下剤
硫酸マグネシウム・硫酸ナトリウム・流動パラフィン、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム(DSS)などが一般的に用いられます。
これらの薬剤は、腸管内の水分量を増やす効果がありますが、その水分は体内から補われるため(腸管内に体内の水を引っ張りこむ)、脱水した馬に用いるべきではありません。
Raw linseed oil(生アマニ油)はアマニから作られる油で、ミネラルオイルが出現するまでは、一般的に便秘の下剤として用いられていたそうです(個人的な使用経験ありません)。生ではなく、ボイルドリンシードオイル製剤は可塑剤、硬化剤、硬質金属を含んでおり、これらの添加物は毒性が高いため、ただの生のリンシードオイルを投与するのが好ましいとされています。
正常な馬でも2.5ml/Kg以上の投与をすると、柔らかい下痢・食欲不振、軽度の疝痛、好中球増多症をなどを引き起こす。ミネラルオイルよりも生アマニ油の方が下剤効果は優れていますが、これらの副作用があるので使いづらく、特に腸管粘膜が障害されている馬に対しては使いにくい。
流動パラフィンに代表されるミネラルオイルは、腸管内の糞便をコーティングして潤滑油として働き、腸管内の水分吸収を抑える働きがあります。投与後18-24時間で肛門から排出されます。5-10ml/Kgが通常の推奨量です。
ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム(DSS)は、陰イオン界面活性剤で表面張力を弱めることによって、腸管内への水の浸透させる効果があります。16.5~66mg/Kgが推奨量です。
DSSをミネラルオイルと併用すると、乳化作用により腸管からミネラルオイルが吸収され、腸管壁や腸間膜リンパ節の異物性反応を引き起こす可能性があるため、これらの併用はヒトでは推奨されていません。
⑤ 鎮痛
投与から作用するまでの所要時間に差はありますが、静脈投与でも、経口投与でも、鎮痛効果を得ることができます。過剰投与は、胃潰瘍、腎乳頭壊死、右背側結腸炎につながります。
フルニキシンメグルミンの低用量投与(0.25mg/Kg i.v)は、痛みのコントロールに効果がありながら、結腸の運動性に影響を与えません。
ケトプロフェンは疝痛に対して2.2㎎/Kgi.v.1日1回 が推奨量ですが、疝痛に対する効果という意味において、フルニキシンメグルミンとの比較試験はありません。
キシラジン・メデトミジン・デトミジンなどのα2受容体作動薬も、鎮痛薬として用いられます。
ですが、それらの鎮痛効果は作用時間が短く、腸管運動抑制の影響は鎮静や鎮痛効果よりも長くでてしまいます。
リドカインの持続点滴投与×24-36時間 は、未だ議論の余地がありますが、鎮痛効果があるとされています。
~ 外科的治療 ~
気腸の持続と進行・変位を疑う、痛みのコントロールができない、循環器系のパラメータの悪化、腸管運動の減弱を認める場合、外科的手術の適応となります。
長期間の便秘の存在は腸管の状態を悪化させ、手術時の腸管破裂にもつながります。むやみに長期化させず、必要に応じて手術をすることも重要な判断です。
手術では、結腸の骨盤曲を切開して便秘塊を排出させます。
あまりに便秘塊が硬い場合は、切開部からホースを腸管内に挿入して、便秘塊を崩して排出させます。
手術手技については。。。。長くなるので割愛しましょう。(やる人もいないでしょうし。。)
再発を防ぐ管理法
便秘を予防する管理方法
便秘を起こさないためには、十分な水分の摂取が一番大切です。以下の項目については、Part 1でご紹介しましたので、興味のある方はお読みください。
餌・水と歯の管理
塩分と水分補給
乾草の浸漬
運動
まいどまいど、長い記事を最後まで読んでいただき感謝でございます。
明日からの診療の一助になれば。。。。
Mahalo