獣医療

馬の難産について -難産介助の成績-

 サラブレッドは難産の発生率が高く、4%と報告されています。(実感的にはもう少し少ない様に思いますが..)

今回は、難産になった際の お母さん と 仔馬 の処置後のお話です。難産は命にかかわる危険な状態です。母馬、仔馬、ともにどのくらいの生存率なのでしょうか。

難産治療のゴール

難産治療のゴールは母馬と胎児の命を守ることですが、簡単ではありません。そのために最も大切なことは

  1. 早期かつ正確な分娩異常の把握
  2. 効果的な分娩介助の介入 

難産の時間が長くなった馬において、胎児の生死に影響を会える最も重要な因子は 【酸素供給】です。

子宮の中で呼吸のできない胎児の酸素は 【臍帯(へその緒)】 から供給されます。

へその緒 からの酸素供給が制限される原因は

  1.  臍帯の圧迫
  2.  臍帯の捻転
  3.  早期胎盤剥離 (Red-Bag)

胎児が母体にいて、破水が始まっても、これらの状態が無ければ比較的十分な量の酸素が供給されます。ただし、母馬の陣痛がすすむと、仔馬は産道に押しやられ、かんたんに 臍の緒 が圧迫されて生命の危機にさらされます。 ですから、胎児を安全かつ迅速に娩出することは変わらず一番大切です。

獣医師に連絡するべき状態

 上記のように、いざ難産が発生したらのんびりしている時間はありません。事前に対策をマニュアル化しておくことはとても大切です。

  • 破水後15~20分 経過しても分娩が全く進まないとき
  • 進んでいた分娩がて止まったとき
  • 母馬がショックあるいは急に痛がり出したとき

このような場合は、経験豊富なスタッフあるいは獣医師に連絡しましょう

  •  本当に破水しているかどうか / 子宮頸管がゆるんでいるかどうか
  •  胎児の位置 
  •    Presentation(頭位・尾位)、Positon(上胎向・下胎向)、Posture(両前肢伸展・屈曲など)
  •  胎児の生存
  •    ・舌や目を触った際の反射 ・口の中に指を入れた時の反応 ・動き ・脈や心臓の動き
  •  肢の向き
  •    ・前肢であれば 球節と奥の関節(腕節)は同じ方向に曲がる
  •    ・後肢であれば 球節と奥の関節(飛節)は逆の方向に曲がる   
  • 難産の最も一般的な原因は胎児の姿勢異常(頭部や前肢の異常な位置)

上記の2)では 1000頭以上の難産例のうち、胎児の姿勢異常は 37.7%で、 内訳は

1or2本の前肢の異常(30.1%)、頭部の異常(3.8%)、その両方が(3.8%)、Hip-Lock 0.8%、     早期胎盤剥離1.6% でした。

難産処置後の成績

アメリカのケンタッキー州は、アメリカ国内の馬生産の約6割が集中する地域です。その数約12,000頭。その中心部にあるRood and Riddle Equine Hospitalは、世界的にとても有名な病院です。

Survival rates of mares and foals and postoperative complications and fertility of mares after C-section:95cases(1986-2000)   Kimberly K,et.al JAVMA 2012

 難産に対する帝王切開71頭、その他の理由による帝王切開24頭の術後成績調査。

 難産の71頭に対する帝王切開の成績は、

母馬の生存(退院)率 :85.9%(61/71頭)

 ・ 帝王切開になる前に90分以上経過すると、母馬の予後が悪化する。

胎児の生存(退院)率 :25.0%(14/56頭)

 ・切胎馬(15)を除いた生存率 (≒ 処置時に胎児の死亡が確認できた場合を除く)

 ・71頭全体の生存率は 19.7% (14/71頭)

社台ホースクリニックの調査

調査期間:2000 ~ 2023 年

調査対象: 全身麻酔下 で難産介助を実施した133例(131頭)

初産が多い
手術内容の内訳

難産介助の方法を 4つ に分けています。

A : 母馬の後趾つりあげ整復

B:開腹手術 → 子宮切開 → 胎児整復 → 経腟牽引・娩出

C:開腹手術 → 子宮切開 → 子宮切開部からホイストで摘出

D:開腹手術 → 子宮を切開せずに子宮の外から胎児を整復 → 経腟牽引・娩出

母馬の退院率は 85.0%

仔馬の退院率は 6.0%

 生存率が低くみえますが、生きて生まれた仔馬でも先天性のひどい奇形(前肢が伸びない)のため、残念ながらあきらめなければならないことが多くあります。 ※奇形のために難産になった

手術後の繁殖成績

 難産の整復に全身麻酔が必要だった馬のうち85%は命が助かりました。ですが、難産では多くの馬が産道を損傷するため、その後の繁殖成績に悪影響を認めることがあります。

手術をした馬の 77% が同年に交配 / 翌年までの交配率は 95.7%
手術時期が5月だと、さすがに交配しない率が高まります

まとめ

 社台ホースクリニックの調査では、破水からの時間が考慮されていません。

 仔馬の生存率に関する一番大きな要因【破水からの時間】は、運ばれてくる馬のほとんどが40分を大きく超えていることが多い様に思います。

 牧場で出せるかも…! と思って実際に出せることも多くあります。

ですから搬送のタイミングはとても難しくなりますが、仔馬の生存を考えるのであれば 搬送時間を考慮して判断することが大切かもしれません。

また、今回の調査は調査期間が20年以上あって、古いデータと新しデータが混ざっています。数年後に、少なくとも10年程度の範囲で改めて調査しなおす予定です。

 ただ、皆さんが思われている以上に手術後に交配・分娩できている馬が多かったと思います。

いざという時のために、事前に用意できる物、対策、準備を備えておきましょう。

Mahalo