サラブレッドは難産の発生率が高く、4%と報告されています。(実感的にはもう少し少ない様に思いますが..)
ステージ2(破水してから)開始から30分経過した後は、10分ごとに 胎児の生存率が 10%、病院からの退院率は16% 低下する
ステージ2が 40 分を超えると、死産、仔馬の罹病率、仔馬の死亡率が有意に増加する
破水から仔馬が娩出されるまでに要した時間は、生存し退院した仔馬群の方が、死亡あるいは退院できなかった群よりも13.6分短かった
今回は、難産になった際の お母さん と 仔馬 の処置後のお話です。難産は命にかかわる危険な状態です。母馬、仔馬、ともにどのくらいの生存率なのでしょうか。
難産治療のゴール
難産治療のゴールは母馬と胎児の命を守ることですが、簡単ではありません。そのために最も大切なことは
- 早期かつ正確な分娩異常の把握
- 効果的な分娩介助の介入
難産の時間が長くなった馬において、胎児の生死に影響を会える最も重要な因子は 【酸素供給】です。
子宮の中で呼吸のできない胎児の酸素は 【臍帯(へその緒)】 から供給されます。
へその緒 からの酸素供給が制限される原因は
- 臍帯の圧迫
- 臍帯の捻転
- 早期胎盤剥離 (Red-Bag)
胎児が母体にいて、破水が始まっても、これらの状態が無ければ比較的十分な量の酸素が供給されます。ただし、母馬の陣痛がすすむと、仔馬は産道に押しやられ、かんたんに 臍の緒 が圧迫されて生命の危機にさらされます。 ですから、胎児を安全かつ迅速に娩出することは変わらず一番大切です。
獣医師に連絡するべき状態
上記のように、いざ難産が発生したらのんびりしている時間はありません。事前に対策をマニュアル化しておくことはとても大切です。
- 破水後15~20分 経過しても分娩が全く進まないとき
- 進んでいた分娩がて止まったとき
- 母馬がショックあるいは急に痛がり出したとき
このような場合は、経験豊富なスタッフあるいは獣医師に連絡しましょう
産道に手を入れてチェックする項目は
- 本当に破水しているかどうか / 子宮頸管がゆるんでいるかどうか
- 胎児の位置
- Presentation(頭位・尾位)、Positon(上胎向・下胎向)、Posture(両前肢伸展・屈曲など)
- 胎児の生存
- ・舌や目を触った際の反射 ・口の中に指を入れた時の反応 ・動き ・脈や心臓の動き
- 肢の向き
- ・前肢であれば 球節と奥の関節(腕節)は同じ方向に曲がる
- ・後肢であれば 球節と奥の関節(飛節)は逆の方向に曲がる
- 難産の最も一般的な原因は胎児の姿勢異常(頭部や前肢の異常な位置)
上記の2)では 1000頭以上の難産例のうち、胎児の姿勢異常は 37.7%で、 内訳は
1or2本の前肢の異常(30.1%)、頭部の異常(3.8%)、その両方が(3.8%)、Hip-Lock 0.8%、 早期胎盤剥離1.6% でした。
難産処置後の成績
アメリカのケンタッキー州は、アメリカ国内の馬生産の約6割が集中する地域です。その数約12,000頭。その中心部にあるRood and Riddle Equine Hospitalは、世界的にとても有名な病院です。
Survival rates of mares and foals and postoperative complications and fertility of mares after C-section:95cases(1986-2000) Kimberly K,et.al JAVMA 2012
難産に対する帝王切開71頭、その他の理由による帝王切開24頭の術後成績調査。
難産の71頭に対する帝王切開の成績は、
母馬の生存(退院)率 :85.9%(61/71頭)
・ 帝王切開になる前に90分以上経過すると、母馬の予後が悪化する。
胎児の生存(退院)率 :25.0%(14/56頭)
・切胎馬(15)を除いた生存率 (≒ 処置時に胎児の死亡が確認できた場合を除く)
・71頭全体の生存率は 19.7% (14/71頭)
社台ホースクリニックの調査
調査期間:2000 ~ 2023 年
調査対象: 全身麻酔下 で難産介助を実施した133例(131頭)


難産介助の方法を 4つ に分けています。
A : 母馬の後趾つりあげ整復
B:開腹手術 → 子宮切開 → 胎児整復 → 経腟牽引・娩出
C:開腹手術 → 子宮切開 → 子宮切開部からホイストで摘出
D:開腹手術 → 子宮を切開せずに子宮の外から胎児を整復 → 経腟牽引・娩出



母馬の退院率は 85.0%

仔馬の退院率は 6.0%
生存率が低くみえますが、生きて生まれた仔馬でも先天性のひどい奇形(前肢が伸びない)のため、残念ながらあきらめなければならないことが多くあります。 ※奇形のために難産になった
手術後の繁殖成績
難産の整復に全身麻酔が必要だった馬のうち85%は命が助かりました。ですが、難産では多くの馬が産道を損傷するため、その後の繁殖成績に悪影響を認めることがあります。



手術された馬のうち、2年後までに交配された馬は 95.7%。 3年後までに分娩できた馬は76.8%でした。
まとめ
社台ホースクリニックの調査では、破水からの時間が考慮されていません。
仔馬の生存率に関する一番大きな要因【破水からの時間】は、運ばれてくる馬のほとんどが40分を大きく超えていることが多い様に思います。
牧場で出せるかも…! と思って実際に出せることも多くあります。
ですから搬送のタイミングはとても難しくなりますが、仔馬の生存を考えるのであれば 搬送時間を考慮して判断することが大切かもしれません。
また、今回の調査は調査期間が20年以上あって、古いデータと新しデータが混ざっています。数年後に、少なくとも10年程度の範囲で改めて調査しなおす予定です。
ただ、皆さんが思われている以上に手術後に交配・分娩できている馬が多かったと思います。
いざという時のために、事前に用意できる物、対策、準備を備えておきましょう。
Mahalo