馬の虫歯(齲歯:うし)には2つタイプがあります。
1つは上顎の臼歯にできる infundibular Cariesと呼ばれる咬合面に起きる虫歯でした。
もう一つは、 Equine Peripheral Cariesとよばれる【歯肉側から】虫歯になってしまうタイプの虫歯です。
Equine Peripheral Caries(EPC)は、臼歯の歯肉からでている部分(Clinical Crown)に起こります。
EPCは口腔内の様々な条件下で発生します。
一方で、歯肉の深くに埋まっている部分(Reserve Crown)は影響を受けていないことが分かっています。
EPCになりやすい条件
虫歯には大きく3つの要因があります。
虫歯は、歯の表面に付着した歯垢(しこう:歯の表面の黄白色な部分)やバイオフィルム内の微生物(Streptococcus devrieseiなど)が、酸やポリグルカンを産生し、pHを低下させます。
発酵性炭水化物の餌を摂取した際には、これらの細菌によって歯の表面のミネラルが失われますが、通常は唾液によってミネラルが補給されるようになっています。
ですが、これらのバランスが崩れると、低いpHが持続してしまうことで歯のミネラルが正味で失われることになります。
具体的には、
① 高炭水化物の餌(オーツヘイ、濃厚飼料)の給餌、
② 酸性に傾いた水の常飲
などがpHを下げる要因となります。
その他の発生要因としては
③サラブレッド
④放牧制限
⑤歯周病
があげられます。
pHのアンバランスに歯がさらされると、表面が荒くなって歯石(歯の表面に付着する石のように硬い汚れの塊)が蓄積します。
そこには食べたものが付着して詰まりやすくなり、さらに微生物の繁殖に最適な場所となってしまいます。
馬の歯の周囲(咬合面は除く)はセメント質で覆われています。
セメント質の臨界pHは6.7(エナメル質は5.7、象牙質は6.2)なので、これより酸性に傾くと歯が侵食されてしまいます。
病態がすすむと、歯と歯の間に隙間ができたり(隙間に草が詰まって、齲歯になりやすくなる)、歯が折れたりします。
歯が折れた場合、歯を抜くしか治療法がなくなります。
EPCの症状
EPCだけにみられる特徴的な症状はありません。
症状がないこともありますが、餌の食べこぼし、潰瘍、嚥下困難、唾液過多(流涎:よだれ)、口臭、鼻水などはEPCの症状の一つかもしれません。
有病率は地域や研究によって異なりますが、51~91%と報告されています。
(Borkent et al., 2017; Lee et al., 2019).
一般的には、下顎の後臼歯に多いとされています。
日本国内の乗用馬48頭の調査では、発生率65%で、好発部位は上顎後臼歯と報告されています。
周囲セメント質齲歯のリスク因子の調査(2021年日本ウマ科学会)
EPCのグレード分類。Grade0:正常、Grade1.1:点状の腐食/周囲セメント質の部分的な欠損、Grade1.2:周囲セメント質の完全な欠損、Grade2:セメント質の内部のエナメル質まで侵食し状態、Grade3:セメント質・エナメル質・象牙質まで侵食された状態、Grade4:歯髄角まで及び、歯の整合性が失われた状態
EPCの治療
馬の臼歯は草をすり潰すことに使われ、長い草の繊維は10cm程度まで短くします。
そのため臼歯は少しずつ摩耗するので、歯肉に埋まっている歯が年に4~5mmずつ伸びるようになっています。
EPCは歯肉から萌出した部位に発生します。
なので、EPCを引き起こしている原因を取り除けば、新しい歯に生え変わって治癒することのできる疾患です。
条件さえ整えば数カ月以内に歯や歯肉縁に変化が現れます。新しい健康なセメント質の層が萌出してくれば良化の傾向と言えます。
放牧地に常にアクセスできる馬は、制限されている馬に比べて虫歯になる可能性は低くなります。
緑の牧草を食べるとき、馬は下顎をより大きく動かし、多くの唾液を産生するので、唾液によるミネラルの緩衝が高まります。
栄養的な側面で青草を与えられないこともありますが、乾草を与える際にも水に浸してから与えることも有効かもしれません。ただし、この処置を長期間続けることは水溶性ビタミンや特定の栄養素の摂取量が減少することになるので注意が必要です。
運動や妊娠・授乳・成長などの生活ステージによって栄養要求量が増すため、粗飼料に加えてペレット状の餌を与えることは一般的です。この場合、口の中で唾液がペレットに吸収されないように、あたえる前に水で湿らせることは、虫歯予防の観点でも有効だと言われています。
歯の変化を見逃さないためにも、経験豊富な歯科医による、年に一度の歯のチェックはとても大切です。
毎年の整歯が必要かどうかには議論の余地があります。
おそらくは必要ないことが多いでしょうが、チェックは毎年行うことがよいでしょう。
Mahalo