馬の全身麻酔は難しい動物です。⇒(馬の全身麻酔の危険性について)
理由は沢山ありますが。。。 今回は単純に体が大きいことによる問題についてご紹介します。
馬の麻酔管理には、体大きいというだけで様々な問題が生じます。主に、呼吸管理と、術後神経麻痺・筋肉損傷(ミオパチー)の2つがあげられます。
今回は呼吸管理の難しさについて。。。

呼吸管理の難しさ
生き物が生きるためには呼吸をしなければいけませんが、それは麻酔中でも同じです。麻酔をすると、どんな動物でも、一定程度の呼吸抑制が起こります。全身麻酔中の呼吸管理方法については、自発呼吸と調節呼吸の大きく2つにわけられます。
自発呼吸は、麻酔をかけられた動物に自然に呼吸をさせる方法です。麻酔方法にもよりますが、深い麻酔になりすぎると、その影響で呼吸がどんどん抑制(回数が減る・あさくなる)される傾向にあります。ですから、逆説的に考えると、自発呼吸で管理できている最大の利点は『麻酔が深くなりすぎないこと』です。
全身麻酔には、『深度(しんど)』があります。つまり、通常の意識下の状態から死亡する直前までの生体の状態、その間に いわゆる 外科麻酔 と呼ばれる適正な深度の麻酔の深さがあります。
意外に思われるかもしれませんが、全身麻酔の深度を客観的に評価することは簡単ではありません。ヒトでは、BISモニターと呼ばれる脳波を測定する方法などがあり、臨床応用されています。馬でも報告がありますが、麻酔時に使用する薬の種類などの影響もあり、臨床的に使用されている状況にはありません。
ですから、麻酔科医は、血圧・心拍数・呼吸数・筋肉の緊張具合・目の動きや眼瞼反射 などの変化をくまなく観察しながら麻酔深度を予測します。これには、多くの経験を必要とします。なぜなら、手術中の痛みの具合は、手術の種類によって全く異なるからです。痛みの強い手術では、強い刺激によって痛みを感じることから、意識レベルが浅くなり術中覚醒(手術中に動き出す)が起きやすくなります。また、深すぎる麻酔は、麻酔覚醒直後のせん妄(せんもう:覚醒レベルに異常が生じ、興奮や錯乱した状態となること。興奮した状態で起立しようとするため非常に危険な状態。起立時の骨折などにつながりやすい)を引き起こしやすいことが分かっています。
ですから、自発呼吸で管理して『麻酔が深くなりすぎていないこと』を確認できることは、とてもよい指標になるわけです。
ですが、馬(特に成馬)ではあまり自発呼吸で麻酔管理されることはありません。
それはなぜでしょうか

ヒトと同じで、呼吸をしたときに血液中の酸素と二酸化炭素のガス交換を行う場所は肺になります。
馬の場合、吸った空気が肺にたどり着くまで、とても長い距離を進む必要性があります。
図は、その際の空気抵抗を示した図になります。これによると、鼻から喉頭(のど)までの構造を通過する際に50~70%もの抵抗が生じていることがわかります。
全身麻酔下では、咽喉頭周囲の筋肉も弛緩(ゆるむ)しますので、さらにこの割合が増すものを思われます。ですから、可能な限り気管チューブを挿入することが推奨されます。

これが馬用の 気管チューブです。
いろんな太さのものがあり、14mmの太さは 生まれたてから生後約1カ月の 50Kg~100Kgまでにつかいます
500Kg を超えると26mm径のものをつかいます。
これを口から気管に入れることで、咽喉頭の呼吸抵抗を減らし、さらに人工呼吸器につなげることで呼吸の管理がしやすくなります。
さらに

全身麻酔で仰向けにすると。。。。
血液は重力に従い 背中(下)側へ
ガス(主に酸素)は 胸側(上)へ 分布しやすくなります。
成馬では、高さの違いが50cmほどあります。また、横向きに寝てていても、上と下の肺で同様の状態に近くなります。
肺の中でガス交換が行われる際、肺胞という場所で、血液と肺胞内ガスとの間でガス交換が行われます。酸素や二酸化炭素が、肺胞壁を介して交換されますが、重力に従って血液が圧迫肺(重力で潰された下側の肺)に多く分布し、膨らみやすい上の肺(血液の分布が少ない部分)に空気が分布しやすくなるため、効率の悪いガス交換となってしまいます。(難しい言葉で、換気血流比の不均衡と呼びます)
理論的には、どんな動物でも同じですが、馬は体が大きいために、この問題が大きくなってしまいます。
麻酔下での自発呼吸では、深呼吸はあまりみられません。時間の経過とともにこの問題の影響が大きくなってしまうため、特に長時間の麻酔では調節呼吸(機械で圧をかけて肺を膨らませる方法)を行うことが、一般的に望ましいとされます。
次回は、体が大きい = 重い ことによる 全身麻酔の問題について 紹介します。
Mahalo!!