獣医療

馬の心房細動の治療

 馬の心房細動の治療には、キニジンを用いた薬物的除細動と、TVECによる電気的除細動があります。本記事では、それぞれの適応、成功率、副作用、治療後の管理、人医療との違いを獣医師の視点でわかりやすく解説します。 

馬の心房細動で治療が検討されるケース

馬の不整脈の中で、運動能力に影響するもっとも一般的な不整脈は【心房細動】です。

心房細動は心房が規則正しく収縮できず、心拍が不規則になる不整脈です。

運動能力低下や失速の原因となり、競走馬・運動馬では洞調律(正常なリズム)への復帰を目指す治療が推奨されることがあります。正常なリズムに戻す治療を除細動(じょさいどう)と呼びます。

一方、繁殖雌馬や引退馬であれば、治療しない選択がとられることもあります。

馬の心房細動とは?原因と症状の基礎解説

馬の心房細動の治療

馬の心房細動の治療はおおきく2つに分けられます

薬物的除細動 と 電気的除細動 です。

薬物的除細動(キニジン)

 抗不整脈薬を内服することで、除細動する方法です。

いくつかの薬が報告されていますが、一般的には【キニジン】と呼ばれる薬が使われます。

 経鼻カテーテルで、一定時間ごとにキニジンを飲ませて洞調律に戻します。心房細動は、発症からの経過時間が長いほど治療の成功率が低下することが知られており、長期経過した症例ではキニジン治療の成功率は下がってしまいますが、一般に成功率は 80% と言われています。

一方で、キニジンは血中濃度の安全域(治療有効濃度と副作用濃度の差)が狭く、加えて馬によって同じ投与量でも血中濃度に大きな差が生じることが分かっています。

投与時の副作用として、不整脈の悪化(時に致死的)、下痢、疝痛、食欲低下、などのリスクがあります。

古典的な安全域とされていたキニジン血中濃度 : 2~5㎍/ml は、近年の研究では見直されています。

JRAの研究は先進的!!

井上ら(2023年)は、副作用の発現するキニジン血漿中濃度の平均値を 3.3±0.6㎍/ml と発表し、目標とすべき治療濃度を 2~3 ㎍/ml と報告しました。

一方で、3㎍/ml以下の濃度でも副作用を発現する馬がいて、個体差が激しいことを加えて報告しました。

黒田ら(2023年)は、井上らの 2~3 ㎍/ml の幅に血漿中濃度を維持するための投与方法を、母集団薬物動態解析(PPK)と治療薬物モニタリング(TDM)を用いて報告しました。 

 世界に誇るJRAの研究は、すすんでいます。その後も研究が進み、近日にだされる【BTCニュース】では、黒田先生の最新の研究結果が報告される予定です。

電気的除細動(TVEC)

心臓に挿入したカテーテルから電気刺激を与えて除細動する方法です

ヒトでは、パドルを胸に当てて【カウンターショック】するのを見たことがあるかもしれません。

馬でも少ないながら報告がありますが、成馬では大きすぎて電気を心臓の奥に届かせるのがとても難しいため、電極を備えたカテーテルを適切な部位に進めて電気ショックを与えます。

2本のカテーテルを心臓の奥に挿入した状態で全身麻酔を施し、電気ショックを与えて洞調律に戻します。一般的には、薬物療法が効かなかった馬、できなかった馬、副作用が発現した馬、治療後に再発した馬を対象に行われます。一般に成功率は 95% と言われています。

①馬を立たせたまま、カテーテル1本を【左肺動脈】 1本を【右心房】 に挿入します

カテーテルを左の肺動脈に挿入するのにはコツが必要です。

カテーテルは先端部の圧波形とエコーガイドで進め、心臓や血管のどこを走行しているかを判断します。

誤って右肺動脈に入ったカテーテル
左肺動脈に入ったカテーテル
入れなおして左肺動脈へ挿入されたカテーテル

②馬に全身麻酔をかけて、電気的除細動を行います

レントゲンでカテーテルの位置を再確認
心電図の電極をしっかりと固定
電気ショックを与える除細動器
実際につかった馬用カテーテル

日本初のTVEC成功の瞬間

洞調律に戻った後について

 どちらの治療も、洞調律へ戻った後に再発する可能性があります。洞調律へ戻った後は、1週間から10日程度の安静が必要です。経過が順調であれば、1週間から1カ月後から軽い運動をはじめられます。

人医療(アブレーション)との違い

 馬のTVECは、心房細動を電気でリセットして止める治療。人のアブレーションは、不整脈の原因部位を見つけて狙い撃ちする治療です。

 しかし、馬医療も進化しています。心臓内心エコー検査(ICE)という心臓内から直接観察することのできるエコーを用いて、心房中隔の卵円窩(らんえんか)という部分を通過させ、左心房にカテーテルをすすめることができる技術が報告されました。

心房細動の原因となる部位は、左心房につながる肺静脈まわりであることがわかっています。

人医療では、肺静脈隔離(PVI) は確立した治療で、より精密なアブレーション治療です。数年後には馬でも可能となる日が現実になるかもしれません。

まとめ

電気的除細動の成功は、今回国内初症例でしたが、海外では2000年代初頭から行われ、今では世界の20を超える診療所で行われています。

我々は、今後も世界に取り残されることのないよう、日々進歩してまいります。

Mahalo