馬は春に子供を産む季節繁殖動物です。妊娠期間は約11カ月なので、毎年子供を産むことは簡単ではありません。
そのためかどうかわかりませんが、母馬は分娩後約10日で分娩後の初回発情がみられます。
この時期に生後10日前後の仔馬が下痢をすることが多く、『発情下痢』とよばれます。
この『発情下痢』ですが、以前は母馬の発情を引き起こす体内のホルモン変化が乳質に変化をもたらすことで、仔馬が下痢すると考えられていましたが…
Stewart, A. Foal Heat Diarrhea. Merck Veterinary Manual. 2013.
➡ 母馬を失い、市販のミルクで育てられた仔馬でも発情下痢がみられた
現在ではその説は否定的にとらえられています。

・生後 4日~2週齢の仔馬
・一過性、発熱もなし、
・元気や哺乳欲に問題ない
・英語表現は
『Foal Heat Diarrhea』
『Foal Heat Scours』
・概ね50~90 %の仔馬が発症する
・治療をせずに数日で治る
原因
正確な原因はいまだに不明。
仔馬の腸内細菌の変化が関与していると考えられている。
おおよそ2カ月齢くらいには成馬と似たような細菌分布となることが分かっていますが、どのようにして新しい細菌を腸管内に取り入れているか、明確にはわかっていません。
★Coprophagy(食糞)★
仔馬は母馬や他の馬のボロを口に入れていたりします。これは正常な行動で、このような行動が影響しているのではないかと考えられています。
Masri, M.D. et al. Faecal composition in foal heat diarrhea. Equine Vet J. 1986. View Summary
・仔馬の糞便の分析によって、正常な細菌叢に変化が生じると分泌性下痢になることがわかった。
・仔馬の発情下痢は、小腸からの分泌が増量し、未熟な結腸での吸収が追い付かない状態と思われる。
Sgorbini, M. Cryptosporidiosis and foal heat diarrhoea. Ippologia-Cremona. 2003.
・ クリプトスポリジウム感染の関連性が疑われた(証明はされていない)
症状
正常な授乳仔馬の便は、黄土色のペースト状です
下 痢
黄色く水っぽくなり、たまに水下痢になります。他の馬に感染することはありません。
※感染性の下痢では…
多くは酷い水様性の下痢が続き発熱します
脱 毛
下腿部の脱毛。下痢がお尻から飛節にかけて付着することで、脱毛や皮膚荒れを引き起こします。

診断
便の性状、バイタル、哺乳欲、体重、などをこまめに評価することが大切です。
正常な仔馬は、1時間に何度も哺乳します。生後1カ月くらいになると徐々に回数が減少します。
発情下痢の場合、下痢していても活発で哺乳もしっかりできます。
もし母馬の乳房がパンパンに張っている状態であれば、仔馬が十分に飲めていないサインかもしれません。
鑑別
下痢以外に、発熱・元気消失・脱水などがみられる場合、感染性の疾患も考慮する必要があります。
仔馬にみられる感染性の下痢
ウイルス性:ロタ / コロナウイルス
細菌性 :
E.coli, Salmonella spp.
Clostridium Perfringens, C. difficile
寄生虫 :
クリプトスポロジウム、ジアルジア
コクシジウム など
感染性でないその他の下痢の原因
・乳糖不耐症(後日記事掲載予定)
・砂などの腸炎を引き起こす異物の摂取
治療
臨床的に有効性の証明された治療法はありません。通常は数日で治ります。
① Natural Clay(自然粘土)
自然粘土に含まれる2八面体型・3八面体型スクメタイトが腸管内で吸着剤として作用します。下痢の治療薬としてよく用いられます。

② 皮膚の保護
③抗生剤 ×
感染性の疾患ではないのでつかいません。
④プロバイオティクス ▲
発情下痢の治療としては推奨されていません。
Effect of a probiotic on prevention of diarrhea and Clostridium difficile and Clostridium perfringens shedding in foals
・プロバイオティクスの投与は、発情下痢の治療に効果を認めませんでした。
・プロバイオティクスを投与したこの研究では、下痢の治癒期間が延長した
予後 と 予防
通常、自然に症状はおさまります。
その後、腸内の細菌叢が徐々に成馬に近づきます。
現在のところ証明された予防法はありません。
仔馬は免疫(抗体)をもって生まれてきません。 すべて母馬の初乳から移行されます。
母馬は自分の生活環境に合わせた免疫を備えます。そして、その環境に適した初乳を分泌します。
妊娠雌馬を分娩直前に移動させると、あたらしい環境に合った抗体を仔馬に与えることができません。
ですから、分娩を控えた繁殖雌馬を違う厩舎に移動する際は、予定日の4~6週間前までに移動させることが望ましいとされています。
そうすることで、新しい環境に適した抗体を準備する期間を与えることができます。
下痢の原因は発情下痢だけではありません。
仔馬は外敵に対する免疫の弱い動物ですから、寄生虫卵の暴露を減らすために、こまめにボロを拾ったり、病原体の暴露を制限するために馬房などを掃除・消毒するといった基本的なことが大切となります。
Mahalo