オリンピックの個人競技。どの競技にも言えることではありますが、‘個人’とは言いつつも、あくまでその個人を支えるチームが存在します。
馬術競技においてもしかり。最良の結果を得るために、特に馬の管理には、輸送からなにから全てにおいて各国とも万全の対策を練っていたことでしょう。
(私は、オリンピックのサポートに全く関わっていませんが、協力された先生方も沢山いらっしゃったとお聞きしています。各人お忙しいだろうに、素晴らしい!!是非、おもしろいお話をお聞きかせ願いたい。。。)

なかでも、暑熱対策は今回のオリンピックで非常に注目されていました。マラソン競技は、暑熱暴露を懸念して札幌開催となったほどでした。
暑さを評価する方法に、気温だけでなく日射・輻射熱・湿度を考慮したWBGT (Wet Bulb Globe Temperature)という暑さ指数があります。単位は温度と同じ℃ですが、より実際に暴露される暑熱を評価しているために実情を表す指標として使われています。1954年にアメリカで提案され、昨今では、熱中症予防を目的に環境省が毎日発表してくれています。

では、今回の馬術競技が行われた 7月24日から8月3日のWBGTはどの程度だったのでしょうか?環境省の記録によると、19時に開始された障害飛越などを除いて、競技開始時刻~開催時間のWBGTは 馬事公苑(世田谷)、海の森クロスカントリーコース(江東区)ともに 27~29℃ という過酷な条件でした。ちなみに、最終日8月3日の競技開始時刻(19:00)のWBGTは26℃台でした。
馬の暑熱対策に関する研究はあまり多くないのですが、今回の第49回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウムにて、『競走馬の暑熱対策』というセッションがありました。素晴らしい内容で、大変勉強になりましたので、ご報告&情報共有させていただきます。
背景
競走馬の熱中症は、近年増加傾向にあります。気温の平均推移をみると、8月の気温が最高になるのですが、馬の熱中症の発生は6月と7月に最も多くみられるそうです。そこで、暑熱対策として以下の3つの柱を中心に、研究報告がなされました。いずれの報告も、体温の評価として、直腸温よりも厳格な肺動脈血液温(カテーテルを挿入して体の中心部に近い温度を測定する)を用いていました。
- 運動後に体温を冷やす方法について
- 運動前に体温を冷やすことの有用性について
- 暑さに慣れさせる効果について
最後に、適切に水分を摂取させることに関する報告もあり、非常に興味深いものでした。
馬体の冷却方法について
WBGT31-33℃の環境下にて、トレッドミル運動によって肺動脈血温が42℃まで上がった状態から、以上の冷却方法を比較しました。
- 冷却せず並足のみ
- 並足+扇風機(風速3m/秒)
- 並足+3分おきの10℃の冷水16ℓ+汗こき
- 並足+3分おきの10℃の冷水16ℓ (汗こきなし)
- 駐立状態で25~28℃の水道水シャワー(120ℓ/分)
これらの5つの方法間において、肺動脈血温が39℃以下まで下がる時間を比較したところ、①30分以上 ②26.7分 ③22.4分 ④19.1分 ⑤4.1分 ですべての群に有意差を認めました。
以上の結果より、馬体の冷却方法としては ⑤の水冷 が最も迅速かつ効果的であると結論付けられていました。
運動前馬体冷却効果について
ヒトの研究では、運動前に冷却することに関する報告はいくつかありますが、その効果については結論が分かれているようです。海外においては、競馬の前に馬体を冷やすことで、暑熱によるパフォーマンス低下や熱中症の発症予防が図られているところもあるそうです。運動前の冷却に関しては、これらの効果が期待できる反面、ウォームアップの効果を減らしてしまうかもしれないという懸念があるため、これらを考慮した研究報告でした。WBGT32-33℃の条件下にて
- 常歩群:30分の常歩
- 駐立群:30分の駐立
- 水冷群:25~28℃の水道水による10分間の冷却
これらを、
トレッドミルでウォームアップ
した後、
レースを想定した高強度運動
(13.5-14.7m/秒)をオールアウトするまで行いました。
以下、測定項目別の結果
・ 肺動脈血温:ウォームアップ後、およびオールアウト時において、 ②・③は ①よりも温度が低かった。
・ パフォーマンスの指標(走行時間・乳酸値): 3群間で有意差はなかった
・ 高強度運動開始30秒時の心拍数・オールアウト時心拍数 : ②・③は ①よりも少なかった。
・ 運動後の体重減少 (発汗量 の指標) : ③は ①・②よりも少なかった
演者は、これらの結果から
・ 運動前の冷却は 暑熱環境下におけるパフォーマンスにあまり影響を与えないこと
・ 運動前の駐立や冷却は 主運動の有酸素代謝反応の遅延(心拍数の増加が遅い)が懸念されるが、熱中症や脱水のリスクを軽減できる
と結論付けました。
熱中症はこれまでの疫学調査により、 牡よりも牝 が 、 3歳以下よりも4歳以上 での発症が起きやすいことがわかっており、熱中症の発症リスクが高い条件下では、冷却するメリットが大きくなるであろうと考察されていました。
暑さになれさせる効果について
暑さに慣れさせることを 順化(じゅんか) と呼びます。ヒトの研究においては、暑熱対策は運動パフォーマンス向上および、乳酸値の低下・運動時体温低下に効果があるとの報告があります。馬におけるこの効果についての研究報告でした。
まずWBGT15℃で3週間トレーニングした後に
暑熱環境下(WBGT29℃)の高強度運動を実施(Pre テスト) その後、
- 暑熱順化群 : WBGT29℃ に30分暴露
- 対照群 : WBGT15℃
どちらもこの条件下で トレッドミル上でトレーニング(週3回×3週間)を行い、再度暑熱環境下の高強度運動(Post テスト)を実施しました。
両群の比較結果は以下の通りです。
・暑熱順化群では対照群と比較して Post テストにおいて 運動パフォーマンスの向上 がみられた。
・暑熱順化群では 対照群と比較し Post テストにおいて 乳酸値の低下 がみられた。
・肺動脈血温は 両群間で有意差を認めなかった。
演者は、結論として
・暑熱順化は、暑熱環境下でのパフォーマンス向上に一定程度の効果がある 一方で
・運動中の体温上昇を抑制する効果はなかったため、熱中症対策(運動後の冷却)は必要である
と結論付けていました。
水分と電解質摂取について
馬は非常に発汗しやすい動物です。 体重当たりの体表面積は、人の約半分といわれ、対流効果による熱放散の効果が悪いため、発汗・蒸散による熱放出が発達していると考えられています。 (車のラジエーターは熱放散を促すために表面積を増す構造をしていますよね)
ちなみに 汗びっしょり!! って英語で Soak with sweat っていいます。
馬の汗腺は、アポクリン腺が主体です。このアポクリン線は、エクリン腺と異なりナトリウムイオンや塩素イオンの再吸収を行うことができません。ですから、汗をかけばかくほど、水分と一緒に電解質も失ってしまいます。
体の水分が失われれれば、喉が渇いて水飲むでしょ? と思われるかもしれませんが、口渇感(喉の渇き)は細胞外液の電解質濃度が高くなったサインなので、どちら(水と電解質)も一緒に失われると、あまり口渇感を感じない可能性があります。人ではウォーターローディングなどの方法が行われるわけですが、のどの渇いていない馬にはちょっとウマクいきません
You can take a horse to the water, but you can’t make him drink.
ちょっと違うか(笑)
放牧地で青草を自由摂取できる環境であれば、水分摂取量が足りなくなることはありませんが、そうでない場合は、電解質ペースト(Perfect Balance Electrolite)や、0.9%の塩水などを与えることによって、十分な水分摂取量を確保することが大切です。 というような内容でした。
個人的感想
いずれの報告も、来年以降の暑熱対策として十分考慮する価値のある素晴らしいご発表でした。JRAの発表されたご先生方には感謝・感謝・感謝。 なのですが、実際するとなると少し疑問が
・水冷について : 25~28℃の水道水シャワー(120ℓ/分) が有効なことはわかりましたが…
通常の水道水の流量って、蛇口の径や水圧にもよりますが 20~30ℓ/分です。 この流量で水冷しても同じ効果は得られないのかもしれません。ただ、比較対象のものよりもかなり成績が良かったので、個人的には水冷による解熱を試そうと思っています。
・暑熱順化について
急に暑い日が続いたりするので、自然的な順化が間に合わずに熱中症が発生しやすくなります。今回のオリンピックのような、ピンポイントの日程にターゲットを絞って順化させることは可能かもしれませんが、この研究結果をどのように生かして日々の管理に応用するかは、各所によって異なるのかもしれませんね。個人的にはWBGT29℃ に30分暴露 という環境で、順化できるんだ。ということの方が驚きでした。 だって、一度熱くなったら実際は30分じゃきかないもの。。。。 体の順応ってすごいのね
さいごに
これらの素晴らしい報告をオンデマンドで誰でも視聴することが可能です。
軽種馬防疫協議会のホームページ にアクセス
ホームページの URLの末尾に『/movie_2021』を付け加える とみられるそうです。
10/22 以降の公開だそうです。 10/22以降に ここをクリック すれば直接見られます。
公開期間は年内いっぱいだそうです。 ご紹介した内容以外にも、素晴らしい発表が盛りだくさんです。
是非ご視聴ください。
Mahalo!!