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馬の大事な栄養     ”水” について

馬だけでなく、生物にとって水は欠かせない栄養素です。運動中の脱水状態は、パフォーマンスの低下を招くばかりか、熱中症の発症にもつながりかねません。

今回は、馬に与える水について考えてみましょう。 

馬にあたえる水について
  1.  馬の体内の水分について 水分と電解質喪失
  2.  与える水の必要量について
  3.  運動後に水を与えるタイミングと量について
  4.  脱水しているかどうかの判断方法について
  5.  水を飲ませる工夫について

馬の体内の水分について

馬の体内の水分量は、体重の約60~70%です。500㎏の成馬で約300~350ℓの量になります。この水分量というのは血液だけではありません。血液・リンパ液・細胞内液・間質液などが含まれます。

 この体内の水分は、常に排泄物・呼吸・汗として失われていきます。水分摂取の減少あるいは、過度な水分喪失によって、正常な体内水分量が保てなくなった状態・電解質が不足した状態を『脱水』といいます。一般には(病的でなければ)、高温多湿での長時間の乗馬など、馬の水分要求に満ちた量の水を得られない場合に起こることがあります。

馬の汗

馬は汗をかきやすい動物です。ヒトとくらべると、体重当たりの体表面積が約半分しかないため、対流と熱放射の効率が悪く、多くの汗をかいて熱を放出していると言われています。

 一般的に馬の1日の汗の量は7.5〜11ℓ程度ですが、これに運動時の発汗が加わります。中長距離の競技の馬の発汗量は1時間当たり5~8ℓ、激しい運動では1度に3ℓ以上もの汗をかくこともあります。(運動時は呼吸からの水分喪失量も増加します)

 汗を分泌する腺を汗腺といいます。汗腺にはアポクリン腺とエクリン腺があります。ヒトでは、全身に分布しているのがエクリン腺、ワキなどに集中しているのがアポクリン腺です。馬の感染はアポクリン腺が主体で、エクリン腺と異なり電解質(ナトリウムイオンや塩素イオン)の再吸収を行うことができません。ですから、馬は汗をかけばかくほど、水と一緒に電解質が流れ出てしまいやすい動物といえます。

与える水の量(必要量)について

馬は水がなければわずか48時間で疝痛の症状が出始め、便秘などの命にかかわる症状が現れます。馬が水なしで生存できるのは5日間が限界と言われています。

500kgの成馬は通常24時間で約25リットルの水を飲みます(常温環境下の要求量)。

一般的に良く用いられているバケツの容量は約20ℓなので、馬房の中にいる場合は摂取量を簡単に把握することができます。

ですが、温度や飼養環境、食べ物など様々な要因によって、必要量が増えることがあります。

青草のある時期に放牧されている馬では、給水量が減ります。新鮮な牧草の水分は60~80%で、草から相当量の水分を摂取しているからです。

青草ではなく乾草を多く与えられている馬は、より多くの水を飲まなければなりません。

Equine Vet J Suppl . 1996 Jul;(22):63-8

Adaptations to daily exercise in hot and humid ambient conditions in trained thoroughbred horses
R J Geor et.al

高温(33-35℃)かつ高湿度(80-85%)で運動した馬は、その後4時間の水分摂取量が79%増加した報告があります。

下痢や慢性の腎臓病を患っている馬では、体内からの水分喪失が増えているので、水分要求量が増します。

泌乳期の母馬は、妊娠期の1.5~2倍量の水を飲むこともあります。

運動後の水を与えるタイミングと量について

 今はあまり聞きませんが、10数年前は

『暑いなかの運動で汗をかいた馬に、すぐに水を与えてはいけない。必ず体を冷やしてから与えないと、疝痛や蹄葉炎などの原因になる。30~90分クールダウンしてから与えなさい』と聞いたことがありました。

現在では、これは明らかに誤っていると認識されています。ですが、運動直後に一度に与える水の量に関しては、明確な結論が出ていないように思います。好きなだけ飲ませてもよいとする研究者もいれば、胃拡張による疝痛を予防するために1度に飲ます量を3ℓ以下にした方が良いとする意見もあります。

Physiol Behav. 2003 Jul;79(2):135-42.

Effect of varying initial drink volume on rehydration of horses
Prawit Butudom et.al

 2歳のアラブ馬6頭をもちいて、運動後に与える水の量を制限した群と、好きなだけ飲ませた群を比較する試験を行った研究があります。この研究では、運動後5分間に ①4ℓ群 ②8ℓ群 ③自由飲水で与える群 に分け、運動後20~60分の間は自由飲水をさせました。

運動5分後の血液検査では、運動で上昇した血漿浸透圧が、飲水量の増加に比例して減少することが分かりました。自由飲水をさせた群は、5分間で約9ℓを飲み、血漿浸透圧は運動で上昇した分の85%回復しました。(4・8ℓ群はそれぞれ33%・73%)

60分経過した時点の総飲水量は、どの群もほぼ変わらず、合計約9~10ℓでした。この実験にまつわる疝痛などの関係性は認められませんでした。

生体に無理のある程に飲みすぎる馬はいない。と言えますが、

・成馬の胃の大きさは15~20リットル

・強い運動をした直後は胃腸管の運動が低下する可能性がある

これらを考慮すると、一度に10ℓ以上も飲みたがる馬では、一旦15~30分間をあけて、数回に分けて与えた方が安全ではないでしょうか。 

喉の渇きは、血液中のナトリウム濃度に大きく影響されます。汗と一緒にナトリウムを沢山失ってしまう馬には、急速な水和のために水だけでなく電解質を与えることがよいと考えられています。(一部これを否定する論文もありますが。。。。)

脱水しているかどうかの判断(水和状態の把握)

 脱水は、パフォーマンスを低下させます。脱水の程度が悪くなるにつれて、体を冷やす能力を低下させ、熱中症の原因となります。また代謝を低下させるので、筋肉などの回復が遅くなります。加えて、便秘のリスクが増します。 脱水が起きていないかどうか、判断できるようになりましょう。

馬の脱水のチェック

A  皮膚つまみテスト

B 粘膜(歯肉と結膜)の色のチェック  と 毛細血管再充満時間

C 心拍(脈拍)数のチェック

D 倦怠感の有無

A 皮膚つまみテスト

肩の前の首の皮膚をつまんで離す試験です。正常では、つまんだ後に離すと2秒以内に元に戻ります。脱水すると、皮膚の弾力が失われ、元に戻るのに時間がかかります。

もし4秒以上かかるようであれば、明らかに異常です

B 粘膜(歯肉と結膜)の色のチェック  と 毛細血管再充満時間

正常な馬は、歯肉の粘膜がピンク色で潤っています。親指を上部の歯茎に押し当てて離すと、押していたところが一瞬白くなりますが、2秒以内に薄いピンク色に戻ります。

脱水が起こると、濃い赤色になります。また、指で押した後に元の色に戻るのに時間がかかります。

3秒以上たっても色が戻らずに白いままの場合は、明らかに異常です。

歯茎が赤いときは、獣医師に相談しましょう。内毒素血症の兆候かもしれません。

C 心拍(脈拍)数のチェック

 正常な馬は、1分間に28~40回程度です。脱水が起こるとこれらは増加します。

 聴診器が無くても大丈夫です。この動画で触っているのは 顔面動脈 です。優しく触ると脈が良く触れます。1分間の回数を数えましょう。

これらの変化は、馬が4〜6%の脱水状態にあるときに起こります。馬は通常、脱水度が8~10%に近づくと、目が落ちくぼみ、腹部が盛り上がったような視覚的な徴候を示すようになります。

獣医師に連絡しましょう。

水を飲ませる工夫について

 必要な量を必要な時に飲めるように、いつでも新鮮できれいな水を自由に飲めるようにしておくことが最も大切です。

 厳冬期は水の温度に注意が必要です。水が冷たすぎると飲水量が減ることが分かっています。これは寒い時期に水分要求量が減っていることを示しているのではなく、体温低下につながる冷たい水の摂取を避けているためです。水分摂取量低下による疝痛などの危険を予防するためにもヒーターなどを使って20℃前後の水にするのが良いでしょう。(雪は水分摂取の方法としては適していません)

逆に、暑い環境では、冷水と温水を与えた際の飲水量に違いはみられないそうです。

ウォーターカップはいつでも新鮮な水が供給できて便利ですが、飲水量のチェックができません。また、目詰まりなど起こしていないか、毎度チェックしましょう。

屋外の水桶やバケツは、蟯虫(ぎょうちゅう)などの寄生虫やレプトスピラ(馬のブドウ膜炎の主な原因)繁殖の危険性もあります。また、付着した藻類は放置しておくと中毒を起こす可能性があります。定期的にバケツや水桶を清掃しましょう。

摂取量を増やすために、乾草を水に浸す、岩塩を与える、塩サプリメントなどで塩分を補給するなどの方法もあります。 馬は、水のにおいや味に敏感です。移動先で急に水を飲まなくなった経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか?

馬の嗜好性は、特にTDS(Total Dissolved Solids:総溶解固形物 = 水の中に溶け込んだ無機塩類主にカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、重炭酸塩、塩化物、硫酸塩と水に溶解する有機物の濃度の総計)に最も影響されます。国内においても、水質が大きく異なる地方があります。

腸石症について軽い疝痛を繰り返す などの症状はありませんか? もしかしたら、腸石症かもしれません。...

移動した直後は特に、飲水量に注意が必要です。

ちょっと補足

 水が大事なことはわかりました。 では、とにかくたくさん水を飲めばよいのか??

要求量が異常に増加する病気がいくつかあります。代表的なものが下垂体中葉機能障害(PPID)や腎臓病です。これらの場合、体内の恒常性を維持するために多くの水を必要とするため飲水量が増えます。尿量も増えます。だからといって与える水を減らしてはいけません。水を沢山必要としていることがこれらの病気の症状のひとつであるため、異常な量の水を飲む馬は獣医師に相談しましょう。

🐎Mahalo🐎